2025年、全国的に人々を悩ませ、脅かしたクマ。
かつて「保護すべき希少な存在」だったクマは今、人里や都市部を脅かす「日常的な脅威」へと変貌を遂げている。
宮城県内での目撃件数は3,000件を超え、過去最多を大幅に更新した。この異常事態の背景には何があるのか。専門家は、変わりゆく野生動物との距離感を訴える。
相次いだ出没と人的被害
2025年、宮城県内を駆け巡ったクマのニュースは、これまでの常識を覆すものばかりだった。
10月、栗原市でキノコ狩りをしていた75歳の女性がクマに襲われ死亡。同行していた別の70代女性は、今も行方不明のままだ。
共にキノコ狩りに来ていた男性は、「本当にかわいそうだ。早く見つかってほしい。」と沈痛な面持ちで語る。
12月には、大和町の山林で猟友会の男性(89)が遺体で発見された。イノシシ用の罠にかかったクマに襲われたと見られている。
環境省によると、統計を取り始めた2006年以降、12月にクマによる死者は確認されておらず、この被害がクマによるものと断定された場合、初めてとなる。
2025年の県内における人身被害は、12月26日時点で計6件になった。
被害は人間だけにとどまらない。
加美町では、民家敷地内に連日クマが侵入し、七面鳥やウコッケイあわせて13羽が食べられ、大崎市では庭先の犬小屋で飼っていた柴犬がクマに連れ去られた。
従来、木の実などを主な食料としているクマが血の味を覚えたことを示す出来事となった。
市街地にも出没 クマとヒトの生活圏の境界は
クマの目撃は山林だけでなく、市街地でも常態化した。
仙台市中心部、地下鉄東西線・大町西公園駅の近くでは、5月と10月に多数の目撃情報が。
仙台市太白区鈎取の住宅地では、全国初となる緊急銃猟制度に基づいた捕獲・駆除が実施された。
また、過去10年にわたって目撃情報のなかった多賀城市では、10月から11月にかけてクマの目撃情報が相次ぎ、後に「大きめのネコ」だったと判明する騒動も。
県民の間に広がった不安の深さを象徴する出来事であった。
12月26日時点で、宮城県内のクマの目撃情報は3000件を超え、過去最多だった2016年の倍以上となっている。
劇的な個体数増加 「保護」から「管理」へ
なぜ、これほどまでにクマの目撃が増えているのか。
動物生態学が専門の石巻専修大学・辻大和教授は、根本的な原因に「個体数の急増」を挙げる。
石巻専修大学 辻大和教授:
研究者の間では、10年ほど前までは「クマは少ないから、守らなければいけない」と考えていたんですけれども、実際は私たちが考えているよりも繁殖力が強い動物だったっていうことが分かってきているんです。

宮城県の調査によれば、約20年前には300頭から800頭ほどと推定されていた県内のクマは、5年前の調査で3147頭にまで膨れ上がった。
辻教授は、この増加に「エサの凶作」が重なったことが、2025年の異常事態を招いたと分析する。
石巻専修大学 辻大和教授:
増えてきたクマたちがじわじわ活動域を拡大する中で、山に食べ物がないと、人里でうろうろし始めますよね。
模索される「対症療法」からの脱却

県は「第四期県ツキノワグマ管理計画」に基づき、生物多様性を守る観点から約3000頭の維持を目標としている。しかし、現状の対策は限界に近い。
県環境生活部・自然保護課の松川雅俊主幹は、「藪の刈り払いや生息域を住み分けるための環境整備も計画のなかには盛り込んでいるが、即効性のあるものは、対症療法となってしまう」と苦難を口にする。
県環境生活部・自然保護課 松川雅俊主幹:
現状、目撃がすごく増えている。当然ながら県民の皆様の生活にも影響が出ていることを重く受け止めております。解消するためには、ある程度、個体数の削減をやっていく必要は当然あるという風には考えています。
事態を受け、県は2025年度から「指定管理鳥獣」に追加されたツキノワグマを10頭をめどに試験的に捕獲する事業を始めた。2026年度には、この上限を大幅に引き上げることも検討している。
科学的知見と「認識のアップデート」
本州に生息するツキノワグマは、地域によって生態が異なり、行動パターンも異なるとされている。本州中部や秋田県などで長期間にわたってクマの生態を研究している、東京農工大学の小池伸介教授は、短期的な対症療法だけではなく、中長期的な視点から行政が予算を計上し地域のクマを調査したうえで、科学的な知見から対策を講じるべきと訴える。
東京農工大学 小池伸介教授:
それぞれの地域で地道なデータを蓄積しないと本当の値はわからない。それが科学的な管理だし、行政はしないといけない。
人口減少により人が去った境界線へ、繁殖力のある野生動物が入り込む。
2025年のクマ出没増加は、一時的な「異常」ではなく、構造的な変化の表れかもしれない。
石巻専修大学 辻大和教授:
人口はどんどん減っていきます。対照的に動物たちは数を増やし分布も拡大しています。私たちは動物と日常的に出会う環境にいることを認識するのが良いんだと思います。
「保護」から「管理」、そして新たな共生へ
いま、野生動物との物理的・心理的な距離感を再認識することが求められている。
2025年のクマを巡る騒動は、単なる「エサの凶作」による一過性のパニックではない。
それは、数十年を経て進行してきた生態系の変容と、過疎化が進む人間社会の綻びが重なり、ついに限界点を超えた結果であると言えるだろう。
また現場に対応にあたる行政も、マンパワーには限界があり専門人材も不足している。社会全体として野生動物とどのように向き合うべきか、考える時期が来ている。
クマとヒトを取り巻く環境は、新たなステージへと移行している。
