裁判をやり直す「再審」をめぐる議論が2025年の年の瀬に慌ただしく進んだ。1966年、静岡県清水市で味噌会社の専務一家4人が殺害され、元従業員の袴田巌さん(89)が逮捕された、いわゆる『袴田事件』では、袴田さんに一度死刑が確定する判決が出され、その後再審で無罪になった。この事件をきっかけに、2025年4月にスタートした再審制度の見直し。

今の刑事訴訟法には再審についてのルールがほとんどなく“開かずの扉”と呼ばれるほど実現のハードルが高い。1月23日召集の通常国会で改正法案が提出される見通しだが、その流れを食い止めるように法律家や学者、事件関係者などが次々と声を上げた。中には“証拠”というキーワードをめぐって「改悪以外のなにものでもない」という主張も。そのワケは――?

「何のために47年7カ月拘置所に入っていたのか」

「これでは巌が何のために47年7カ月拘置所に入っていたのかわかりません」

日弁連の会見に出席した袴田ひで子さん 2025年11月26日
日弁連の会見に出席した袴田ひで子さん 2025年11月26日
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2025年11月26日、92歳の袴田ひで子さんはマイクを両手で強く握りながら報道陣に訴えた。袴田巌さんの姉で、再審法改正の議論が始まるきっかけを作った1人だ。
この事件では、証拠品の「5点の衣類」の色をめぐる議論が再審無罪の道を拓いた。ひで子さんは「ある証拠は全部出して審判を仰ぐべきです」と声を震わせた。

焦点の「証拠開示ルール」

今回最大の焦点になっているのは、「証拠開示ルール」である。

証拠開示とは、検察官側が持っている証拠を弁護士側も把握することができる機会のこと。
通常審では、2005年から一般的に行われていて、弁護士側が知りたい証拠を請求すると、検察官側はそれに何らかの形で回答する義務がある。

一方、再審手続きではいまだに裁判官の裁量で決められているため、請求を認めるべきかで争いが起きて、手続きが長引くケースもあった。

法制審議会刑事法(再審関係)部会 2025年12月23日
法制審議会刑事法(再審関係)部会 2025年12月23日

弁護士や検察官などで構成される法制審議会(法務大臣の諮問機関)では、この証拠を開示する範囲のルール化をめぐり意見が対立。
弁護士らの委員は、通常審で開示が認められなかった証拠にも新証拠につながるヒントが隠れているとして幅広い範囲を主張した。

一方で、他の多くの委員は、通常審で認められないものが再審で認められるようになることは裁判全体のバランスを欠くとして限定的な開示で十分と主張した。

そんな中で、しびれを切らしたように次々と“ちょっと待った”の声が上がったのだ。

元裁判官ら「改悪以外の何ものでもない」

「すべての有利不利の客観的な証拠を見て、責任を持って判断したいというのが裁判官の気持ちだと思います。経験上、そう思います」
名古屋地裁の元所長・伊藤納さんは噛みしめるように言った。

元裁判官らの会見 2025年12月3日
元裁判官らの会見 2025年12月3日

12月3日、再審事件に関わった経験がある元裁判官らが、開示範囲の限定案を批判する声明を出した。
声明には、多くの委員が支持している“限定案”について、今よりも明らかに開示の範囲が狭くなるとして「改悪以外の何ものでもない」とはっきりと記された。

また、刑法学者ら135人も議論の問題点を指摘する声明を出していて、ルールを作ることでむしろ“扉”がさらに閉ざされるのではという見方も出始めている。

被害者遺族の苦しみ

一方、犯罪被害者遺族の加藤裕司さんは切実な思いを込めた意見書を法務大臣に手渡した。

加藤さんの長女は2011年に元同僚の男に殺害され、男は死刑が確定している。
意見書では、証拠資料には被害者や捜査協力者のプライバシー情報が多く含まれるとして「被告人からの逆恨みや、SNSで情報が漏らされるといった不安がさらに大きくなる」と記された。

加藤裕司さん(右)が要望書を提出 2025年12月11日
加藤裕司さん(右)が要望書を提出 2025年12月11日

また、今は認められている“再審開始の決定に対する検察官の不服申し立て”を審理の迅速化などのために禁止するかどうかという議論については、「検察官の不服申し立てを認めるべき」とした。

「判決が心配で心身共に疲れ果てた。同じ苦しみを味わわなければならない」と犯罪被害者遺族の心境をつづった上で、「再審が行われやすくなることに強く反対する」と訴えた。

議論は近く正念場か

2025年12月16日、法務省がこれまでの意見を踏まえた検討資料を示した。
証拠開示については開示命令を裁判所の義務とすることでまずは一致したが、範囲については意見がまとまらなかった。

一方、12月23日の議論では、検察官の不服申し立てについて、これまで通り認める方針が有力になってきた。
また、これとは別の動きとして、野党議員を中心とする再審法改正の議員立法が2025年6月に提出されていて、改正を巡る議論は1月23日召集の通常国会で新たな展開がありそうだ。

さまざまな立場からの声が入り乱れる中、証拠開示の範囲をめぐってどのように一致点を見い出すか注目したい。
(フジテレビ社会部司法担当 小溝茜里)

小溝茜里
小溝茜里

フジテレビ報道局社会部記者。
司法・国税を担当。