転覆した船、荒れた海…困難な環境で救助活動する海上保安庁の潜水士、通称「海猿」。全国の海上保安官のわずか1%しかなれない狭き門を突破し、2024年、女性の潜水士が初めて誕生した。
きっかけは映画「海猿」
屈強な男性潜水士に交じって訓練する、海上保安庁初の女性潜水士・濵地多実(はまちたみ)さん、25歳。
2024年8月1日付けで、長崎海上保安部の巡視船「でじま」の潜水士に任命された。
「潜水士という夢を叶えられたことをうれしく思う」と語る濵地さん。潜水士を目指したきっかけは、小学生のときに見た潜水士の奮闘を描いた映画「海猿」だった。しかし、現実は甘くはなかった。
潜水士になるためには、まず、潜水研修を受けるための選考会をクリアしなければならない。年齢や体力などの適正で判断されるもので、全国の海上保安官の中から選抜されるのは毎年わずか数人だ。
濵地さんは、水泳で鍛えた体で狭き門を見事パス。その後、必要な技術や知識を身に着ける潜水研修を受けた。
映画と同じ訓練…しかし待っていたのは
訓練が行われるのは、広島県呉市の海上保安大学校。映画で見た光景と同じ場所に立った喜びもつかの間、50日間にも及ぶ地獄のような訓練が待っていた。
濵地さんは「映画“海猿”で見た場所で自分も訓練できるとうれしかったけど、実際にやってみるときつかった。息を止める種目が苦手だったので、その訓練をするのが嫌だった」と振り返る。
素潜りや呼吸停止、5kgの重りを持ちながら15分間の立ち泳ぎの過酷な訓練は、脱落者が出るほど。しかし濵地さんは見事乗り越えた。国家試験にも合格し、現在は配属された巡視船で先輩潜水士とともに訓練に励んでいる。
要救助者、仲間、そして自分の命を守る
日々の訓練は、命の危険と隣り合わせ。真剣そのものだ。
転覆した船の中で救助を待つ人を運び出す訓練では、先輩潜水士2人とバディを組み、先頭を進む。通り抜ける空間が狭いと酸素ボンベを一旦外すなど、臨機応変さも求められる。
狭い船内をイメージし、ネットや脚立などの障害物を突破して、要救助者の元へ向かう。
脚立の障害物に差し掛かった時、自らに負荷をかけるためにあえて狭い脚立の隙間を選んだ。しかし、チームで活動する潜水士にとって「危険な判断だ」と指摘を受けた。
永野泰紀 潜水士:
濵地がギリギリ通れるぐらいだと、俺は通れない。後ろの人も侵入することを考えて、侵入経路を選んで。
潜水班長からは「障害物を抜けた後、ばたつきが多いし、体のひねり方を考えないと狭い空間で拘束される可能性がある」と指摘を受けた。さらに、命綱ともいえる酸素ボンベのバルブの確認の甘さも指摘された。
常に死と隣り合わせ、危険な状況であるからこそ、仲間と連携し、要救助者だけではなく自らの命、仲間の命を守る行動が求められるのだ。
性別は関係ない…「安心感を与えられる潜水士」に
長崎海上保安部では、濵地さんを含め潜水士8人が任務に当たっている。(2025年11月現在)
管内では2024年、転覆や故障で運航できないなどの船舶事故が27件、海中転落などの人身事故が23件起きている。長崎は漁師や釣り客が海に転落する事故が多く、入り組んだ地形から潮の流れが速い海域が多い。
身長155cmと小柄な濵地さんだが、潮の流れに耐えられる脚力と、男性救助者の重量を支える筋力作りのため、休みの日も筋トレと運動を欠かさない。
男性の潜水士と同じ訓練メニューをこなす濵地さん。海上保安庁初の女性潜水士となったことに対しては「そこまで気にしていない」という。「性別関係なく人それぞれ。“女性だからできないかも”とは思わないようにしている」と話す。
なりたい理想は「安心感を与えられる潜水士」。「いつでも自信を持って要救助者に接し、行動できるように、1日1日の訓練を大事にしていかないといけない」と、訓練に対する思いを語った。
子供の頃に夢見た自分の姿に向かって、実直に進む濵地さん。熱い思いを胸に、厳しい訓練の日々はこれからも続く。
(テレビ長崎)
