令和の米騒動など、米をめぐる話題が注目される中、“儲かる農業”の実現に向けて奔走する若者がいる。米どころの新潟県南魚沼市で塾を経営している男性と東京からUターンして農業の道に挑戦している男性が目指すのは『若い世代が“米農家をやりたい”と思える未来』をつくること。2人の事業やその思いに迫った。

野菜づくりに向け畑を耕す塾生たち

10月10日、南魚沼市で長年使われていなかった畑を若者たちが耕していた。

この記事の画像(28枚)

作業していたのは、地元の学習塾『MSPアカデミー』の生徒や卒業生を中心とするグループだ。

彼らはこの日、長年手つかずだった畑を耕し、野菜づくりに向けた準備を進めていた。塾生がなぜこのような活動を行っているのか。

MSPアカデミーを主宰する森澤真爾さんは「塾をずっとやっているが、わくわくするような未来がないと学生の目は輝かない。こういったこともあるよと提示できるようなプロジェクトやイベントをつくりたい」と話した。

学習塾にとどまらない展開 子どもたちに多くの選択肢を

行政書士事務所や大手塾での勤務を経て独立した森澤さんは、学習指導だけでなく、町おこしにつながる活動も行っている。

MSPアカデミー 森澤真爾さん
MSPアカデミー 森澤真爾さん

今後、塾はさらに拡大をしていく計画で、塾内にキッチンを新設し、塾生に健康的な食事を提供できるようにしたいという。

この日耕していた野菜は塾で提供する食事に使うための野菜でもあるのだ。

塾生にはこうした活動に参加して、農作業を通して地元の農業の魅力も理解してほしいという思いもある。

「農作業をするとか米農家をするとか、作業的にその部分だけをやってしまうと、おもしろくなく、つらいだけという印象になってしまうと思う。けれども、人とのコミュニケーションや商品としてつくり、全国に販売し、そのPRをするためにSNSで発信するというようなことを包括的にやったら結構楽しめると思う。そういう体験をしておくと、例えば関東のほうに就職して、なんか合っていないなとか、思っていたのと違うなとか思ったときに、こういう道もあるなというのが自分の中にあるだけで絶望しないで済むというか、希望を持って取り組めるんじゃないかなと」

この日の活動に参加していた林花音さん(19)は「仲間たちと一緒に活動できて楽しい」と笑顔を見せた。

塾の前では作った野菜の販売も行う。野菜の販売を担当している野澤千優さん(19)は「ものを売る体験ができるのは貴重だと思う。初めてこの塾に入ったとき、こんな塾があるのかと驚いた」と語った。

塾の前で作った野菜を販売
塾の前で作った野菜を販売

森澤さんはこの先、塾にとどまらず、おにぎり店やカフェ・バーなど、幅広く町おこしにつながる活動に挑戦していきたいと意気込む。

「地域もめちゃくちゃ盛り上げていきたい。起業してみて、自分だけ好きな場所で、好きな人と好きなことができるようになって、結局すごく楽しくなった。けれども、結局自分だけ楽しくても楽しくない。やっぱり関わる人や卒業生にも笑っていてほしいし、未来にワクワクしていてほしい。そうなると自分だけの規模では済まなくなるので、広げていきたい」

子どもたちの選択肢を増やし、既成概念にとらわれない町おこしの形をつくっていく。

8月に起業 儲からないといわれた地元農業を変えたいとの思いで地元にUターンした25歳

こうした活動の中心的存在が、塾の卒業生・林舜さん(25)だ。兼業農家の家庭に育ち、幼いころから農業に関心を持ってきたという。

林舜さん
林舜さん

大学卒業後は東京のマーケティング企業などで勤務。25年5月に地元・南魚沼市へ戻り、8月には地元の米の魅力を発信・販売する『コメ工房株式会社』を設立した。

林さんは「地元では“農業は儲からないからやるな”とよく言われた。だから一度外に出て知見を広げようと思い、東京に行った」と話す。

しかし、令和の米騒動に関する報道などを通して昨今の農家の窮状を知り、このタイミングでのUターンを決意した。

“儲からない”と言われる地元農業の現状を変えたい。その思いから会社を立ち上げた林さん。

「地元の米農家が豊かに米作りを続けられる仕組みをつくりたいというのが会社の一番の軸」

また、「環境がすごく良い場所なのに、十分に発信できていないと感じた。それを伝えたいと思ったのがきっかけ」とSNSを活用し、南魚沼の自然や農業の魅力を発信している。

現在は地元農家から米作りを学んでいて、将来的にはECサイトで生産・販売まで一貫して行うことを目指している。

今となっては、これまで先生と生徒の関係にあった森澤さんと互いの会社の役員を務め合い、地域活性化に向けた取り組みを共に進めているのだ。

森澤さんは「林さんは就職して帰ってきてくれたが、そもそも就職の段階から将来的には一緒に何かしたいというふうに言ってくれていて。僕はこういうふうになってほしいというビジョンはあるが、細かい数値関係とか実際にどう活動を広げていくかとかが苦手で、そういうところを感じた林さんが“森澤さんが苦手な部分を埋められるように”と、ベンチャーとかでマーケティングとかを学んできてくれた」と地元に戻ってきてくれた教え子についてうれしそうに語った。

師弟関係でありながら、町おこしのためにタッグを組んだ2人。

地元の農家の期待に応えるべく地域の支えを受けながらのスタート

林さんはこの日、地元農家を訪れて軽トラックいっぱいの米ぬかを譲り受けた。

地元農家から譲り受けた米ぬか
地元農家から譲り受けた米ぬか

管理する畑の一つに梅の木を約100本植える計画をしていて、その畑の肥料や育てている烏骨鶏の餌にするという。

林さんは「本当にありがたい。こういう支えがなければやれないことをやろうとしているので」と感謝を口にした。

地元農家の宮田広美さんは「若い人が農業に携わってくれるのはありがたい。田畑を手放す人が増える中、若い方がどんどん入って南魚沼やこの辺りを盛り上げてくれるのが一番」と期待を寄せた。

農業にとどまらず特産品の事業承継の検討も開始

林さんの会社では、神楽南蛮みその製造事業を継承する話も進んでいる。この日は製造工場の見学に訪れた。

神楽南蛮みそ
神楽南蛮みそ

“からいすけの神楽南蛮みそ”は、2007年に湯沢町の旅館経営者ら3人が取り組み始め、2008年に創業した特産品づくりの事業。

創業者のひとり、富井松一さんは「林さんは『米作りは街づくり』という考えを持っている。そういった考えに我々の思いと通ずるものがあり、いまはわくわくしている」語った。

からいすけ本舗 富井松一さん
からいすけ本舗 富井松一さん

これから十分に時間をかけて、この事業を承継できるかどうか検討を重ねていく考えだ。

富井さんは「われわれは団塊の世代。昭和23年と24年生まれ、後期高齢者。なかなか若い人が見つからなくて、そしたら私の所でアルバイトをしていた子の紹介で今回こういう形がとれた。これから一年間ずっと同じ事業でやってみて、お互いにやろうという形になればそれはそのまま進むと思う。そういう形になるように持って行きたい。若い人達にもそういう心意気を次いでもらいたい。そのためにも色々な話をする。なぜ、この事業をやったのか、なぜ地域にこれが必要なのかというのがやっぱり分かってもらわないと持続可能にならない。そういうのを受け継いでもらいたいというのがある」と自分たちが築いてきた地元文化の未来に対する思いを語った。

林さんは「創業者の皆さんが大切にしている信念を丁寧に聞き、できることはすべてやっていきたい」と事業の承継に対しても意欲を見せる。

挑戦は始まったばかり 立ちはだかる資金面の課題

現在の課題は資金面。銀行融資のほか、10月末までクラウドファンディングで支援を募っている。支援金は農業を行っていく上での施設費やコメの販売を行うサイトの制作費などに充てる予定だ。

こうした活動を通して、林さんが実現したいのは農家がしっかりと儲かる仕組みをつくり『若い世代が“米農家をやりたい”と思える未来』をつくること。

「南魚沼の米農家が減ってきている、若手がいないというところが一番課題を感じている部分。日本には高齢化で途絶えそうなものがたくさんあるが、守りたいと思うものがある人には行動してほしい。その背中を押す存在になれたらうれしい。地域全体で変わっていかないとどうにもならないことだと思っているので、輪を広げていきたい」

南魚沼の若者たちはいま、地域の未来を自らの手で耕し始めている。

この記事に載せきれなかった画像を一覧でご覧いただけます。 ギャラリーページはこちら(28枚)
NST新潟総合テレビ
NST新潟総合テレビ

新潟の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。