近年、「メタバース」という言葉を耳にする機会が増えている。インターネット上の仮想空間を指すこの新しいテクノロジーが、いま鹿児島県内の自治体でさまざまに活用されている。伝統文化の継承、不登校児童の支援、そして婚活まで。その多彩な取り組みを取材した。
Meta(超越)+universe(宇宙)=メタバース
メタバースとは「超越する」という意味の“メタ(meta)”と「宇宙」を意味する“ユニバース(universe)”を組み合わせた造語で、インターネット上の仮想空間を指す。ユーザーは「アバター」と呼ばれる自分の分身を操作し、現実世界のように友人とのコミュニケーションやイベント参加を楽しむことができる。

日置市が挑む伝統文化のデジタル継承
鹿児島県日置市伊集院町に伝わる「徳重大バラ太鼓踊り」。毎年10月、「妙円寺詣り」の日に徳重神社で奉納される。この伝統行事も、今まさにメタバースの力で新たな時代を迎えようとしている。
取材した日は保存会が踊りを披露し、その様子を民間業者がスマートフォンや専用カメラで撮影・録音していた。徳重大バラ太鼓踊りをメタバース上で再現し、後世に継承する試みの一環だ。
撮影した映像データをもとに、特殊なスーツを着た専門の役者が動きを再現し、将来的には仮想空間の中でアバターが太鼓踊りを披露する計画が進んでいる。保存会の西之園重己さんは「いい機会だなと思って。日本全国各地の人がこういう踊りがあるんだなと興味を持ってもらえたらものすごくうれしい」と語る。

日置市「ネオ日置計画」 もうひとつの日置市を仮想空間に
日置市では、メタバース上にもうひとつの日置市を作り出す「ネオ日置計画」が進行中だ。現実に存在する大汝牟遅神社を、7000枚以上の写真から3Dの立体モデルとして再現。その完成度は非常に高く、「非常にリアルにできています」と地域づくり課の重水憲朗課長補佐も自信を見せる。

仮想空間内では大汝牟遅神社の名物「伊作流鏑馬」も体験可能。現実世界ではなかなか体験できない流鏑馬も、メタバースなら安全に、さらには宇宙空間のような非現実的なロケーションでも楽しめる。

こうした取り組みをきっかけに、実際に日置市へ移住を決めた人もいるという。
「やっぱり町の印象は変わると思う。匿名性があって、関係者と話をするというハードルの低いコミュニケーション。可能性がすごく広がるのがメタバースだと思う」と重水課長補佐は強調する。
鹿児島市では不登校児童の新たな居場所に
鹿児島市教育委員会は、不登校の子どもたちの新たな居場所づくりにメタバースを活用する取り組みを始めている。2024年度、鹿児島市の不登校児童は小学生725人、中学生1295人と過去最多に。これを受け、自宅で過ごす児童・生徒を対象に、2024年9月からメタバース上での居場所づくりをスタートした。

メタバース上には「学習フロア」「図書館フロア」など複数のフロアが設けられ、学習フロアではオンライン授業を受けることができ、学校と同様の学びの場を提供している。図書館フロアでは市の電子図書館と連携し、本の検索や閲覧も可能だ。

アバター同士のビデオ通話やチャットもでき、ここを利用することで学校の出席扱いにもなる。2025年7月末時点で51人が利用しており、児童生徒支援課の内輝久指導主事は「自分のペースで学習が進められる。まずはメタバースを利用して経験を積み、ゆくゆくは学校や社会につながっていければ」と話す。

鹿屋市 仮想空間で婚活イベント
鹿屋市では、人口減少対策の一環としてメタバースでの婚活イベントを実施。2025年7月、東京の企業に委託して初めてメタバース上でお見合いを行った。
このイベントの特徴は「顔出しがない」「個人情報を出さない」こと。鹿屋市政策推進課の迫恵美さんによると、名前や年齢、職業などの情報を明かさず、内面重視で相手を見つけることが利点だという。

鹿屋市外からの参加者には、結婚後に鹿屋市へ移住する意思があることを条件としていたが、県外からも含めて定員を上回る応募があった。最終的に男性10人、女性8人が参加し、8組のカップルが成立。成立したカップルは再度メタバースでデートし、現実世界でも対面。今も数組が順調に愛を育んでいるという。
メタバースがつなぐ、鹿児島の未来
伝統文化の継承、不登校児童の新たな居場所づくり、そして婚活。これらの取り組みが見据えているのはすべて、「人と人とがつながる未来」だ。
メタバースという仮想空間が、現実の鹿児島の地域社会をどのように支えていくのか。今後の展開に注目したい。
(動画で見る:地域の課題解決に メタバースの可能性 鹿児島県内自治体でも広がる取り組み)