着任直後に遭遇した熱量
今年9月10日と18日、フランス各地で起きた大規模デモ。筆者が赴任してからおよそ1カ月、早々に目の当たりにしたのは「フランスの熱量」だった。

通常フランスで毎年のように起こる大規模デモだが、今回は二つの顔をのぞかせた。
10日のデモはSNSを通じて広がった「全てを止めよう(Bloquons tout)」と呼ばれる反政府抗議運動。
そして18日のデモは、労働組合が主導したある種統制がとりやすい大規模デモだった。
SNS発「リーダー不在」のデモ(10日)
10日のデモは異質だった。通常は大規模労組が互いに呼びかけ合い日付や方法をすり合わせる。統制がとれているからこそ大規模でも秩序が保たれやすい。
だが今回のデモは、SNSを通じてじわじわと熱を帯び始めた「リーダー不在」の動きで、「誰がどこで何をするのか分からない状態」だった。

背景にはマクロン政権が夏に打ち出した緊縮政策がある。医療費や年金の削減、社会福祉手当の凍結に対する反発だ。
物価高が続く中で、富裕層やエリート層への不信感を抱える若者を中心に不満が爆発。呼びかけはテレグラムなどSNSで急速に拡大した。

政府は全国で8万人以上の警官を配置し、国内で549人が拘束された。パリ市内でも道路占拠や放火が起こり、オルセー美術館は休館、日本人にもなじみのあるルーブル美術館も一部休館を余儀なくされるなど、文化施設にまでも影響が及んだ。

ただ一方で、観光地シャンゼリゼ通りでは人通りが通常より少なかった程度で、大規模な破壊や暴力行為には至らなかった。
騒乱と日常が同居する、不思議な空気感だった。
労組主導の統制型デモ(18日)
続く18日のデモは労組主導の典型例だった。
医師や鉄道、公務員までが一斉に参加し、バスティーユ広場からナシオン広場まで約5キロを行進。

「労働改善」「マクロン大統領辞任」「富裕層批判」など、それぞれの主張が叫ばれたが、静かに歩く人々の姿もあった。
しかし、ナシオン広場に到着すると雰囲気は一変。

円形の広場を囲うように警官隊が待機するなか、一部のデモ隊が小石や瓶を投げつけ、警官隊も催涙弾で応戦。緊張は一気に高まった。

さらに目にしたのは「野次馬的」な存在。
笑いながら暴力に加わる者、暴動に便乗する者。主義主張を隠れ蓑に、ただ暴れたいという人間が事態を悪化させていた。

警官隊は突撃して一時的に制圧したが、デモ隊は散開しては再び集まり、挑発行動を続ける。にらみ合いは長く続いた。
「権利を体現する」という答え
筆者は率直に「なぜ参加するのか」と尋ねた。返ってきた答えは、「自分たちの権利を体現するため」。
それは抑圧された感情のはけ口ではなく、人として持つ権利を確認し、政府に対して国民の連帯を示す行為だという。

親子連れの姿も目立った。小さな娘を抱えた父親は「政府に同意していない時は声を上げる。それを子どもに見せている」と語った。

フランスでは「デモは当たり前」「混乱ではない」という認識が根付いているのだ。
日本人への問いかけ
我々日本人は、自身の権利が脅かされたとき、どう行動するのか。
静かにSNSで火がくべられるのを待つのか。権利を叫ぶことを「意識高い」と揶揄されるのを恐れて口をつぐむのか。

暴力や破壊行為には一切賛同できない。
しかし「自分を犠牲にしてまで我慢をしない」というフランスの考え方は、日本人のあり方に一石を投じるのではないか。
(執筆:FNNパリ支局長 陶山祥平)