フランス・パリでの生活。美しい街並みに世界に名だたるフランス料理、そして焼き立てのパンの香りに色とりどりのマカロン。おしゃれな男女が石畳の通りを闊歩し、朝は教会の鐘の音で目覚める。そんな夢のような生活をイメージする人も多いのではないだろうか。

確かに、ため息が出るような美しい街並みが心を豊かにしてくれるし、カロリーを思わず忘れてフランス料理を楽しみ、カフェでは時間を忘れて会話に没頭するといった、イメージ通りのパリが存在するのも事実だ。困難に直面した時のソリダリテ=連帯や、多様性への理解が心地よく包み込んでくれる社会でもある。

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しかし、その一方で目の当たりにしたのは、社会の深い「分断」と日常的に起きる予想外の出来事だった。パリ特派員として過ごしたおよそ2年半で見えてきたフランスの姿を、お伝えしする。

フランス社会の深い「分断」

2015年に相次いで起きたイスラム過激派によるテロ。およそ5年が経った今でも、表現の自由を教える授業でムハンマドの風刺画を使用した教師が首を切断されるなど、イスラム過激派によるテロの脅威は消えていない。

マクロン大統領は、「暴力でフランスを分断することはできない」として、イスラム過激派と戦う姿勢を強調している。宗教、人種、格差・・・。フランスの社会全体に様々な分断が存在し、対立を引き起こしている。様々な取材でそのことを実感した。

「黄色いベスト運動」

2018年11月から始まった「黄色いベスト運動」。燃料税引き上げへの反発をきっかけに始まったこの運動では、デモに便乗した放火や、破壊行為が吹き荒れた。当初の目的は明確に反増税で、強い反発を受けたマクロン政権は政策撤回に追い込まれた。しかしその後もなお、富裕層や社会に対する漠然とした不満のはけ口としてデモは続き、開始から2年を迎える今も続いている。

ヘルメットとゴーグルをしてデモの取材をする石井特派員

年金制度改革と大規模スト

社会運動として、もうひとつ記憶に深く刻まれたのは、2019年12月、年金制度改革への反対から始まった大規模なストだ。年金制度の赤字増大を受け、マクロン政権は国鉄や公務員を優遇する政策の見直しを打ち出した。

年金制度問題で会見するフランスのマクロン大統領

しかし、年金の支給額が減る可能性があることから、不満が一気に爆発。地下鉄のほとんどがストップし、バスのダイヤも大幅に乱れるなど、都市機能が麻痺。一連のストには待遇改善を求めるゴミ処理施設の職員たちも加わったため、ゴミの収集もストップし、ネズミに遭遇する機会が増えた。

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大規模なデモが予定される日には、パリ市内で複数の地下鉄の駅が閉鎖され、バスの運行にも影響が出る。予告なしにバスの運行日程が変わることはしょっちゅうで、スマホの画面に没頭していたら最後、次にはいつもと違う場所を走っているのに気づくことも。オペラ座まで行くつもりでバスに乗ると、突然途中のバス停で降りるように言われ、長距離をとぼとぼと歩くことになったこともあった。予測不可能な事態に対応するため、パリでの生活にはスニーカーが必須なのだ。

ノートルダム大聖堂の火災

社会の分断は、あの世界遺産の火災でも露わになった。

2019年4月、ノートルダム大聖堂の火災という、信じられない光景が飛び込んできた。 現場付近は多くの人と車で埋め尽くされていて、なかなか前に進むことができない状況だった。

2019年4月ノートルダム大聖堂が炎に包まれた

私たちは現場から遠くで車を降り、中継の時間が迫る中、無我夢中で走り続けた。大聖堂の付近では涙ぐみながら行方を見守る人、聖歌を歌う人、それぞれが「パリの心臓」と呼ばれる大きな存在が失われることに強い喪失感を覚えていた。

ところが、マクロン大統領が再建のための寄付を呼びかけると、意見が対立。数々の大企業が寄付を名乗りでる一方で、フランスの大富豪や大企業が、寄付によって大きな税額控除を受けられることに反発が出たのだ。

また、寄付金の一部は低所得者層に使われるべきとの声も上がった。そして、火災直後の週末、黄色いベスト運動のデモ参加者によって、パリの街は再び焼き討ちにあったのだ。世界に誇るべき国の文化的な財産を失ってもなお、団結が見られない社会。改めてフランスの深い分断を感じた出来事だった。

重機に囲まれ今も工事が続くノートルダム大聖堂

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コロナ禍で一層厳しい生活へ

日常的なデモやストで生活に様々な混乱が生じる事態に幾度となく直面し、時間通りに、そして「普通に」生きていくのが大変な国であることを思い知る毎日。地下鉄ではスリの被害に遭わないよう常に神経をとがらせ、小競り合いの場面に遭遇することにも慣れてきた。さらに、「パリ名物」と言っても過言ではないほど、パリで暮らす多くの人が経験するのがアパートでの「水漏れ被害」。自分は大丈夫だと高をくくっていたところ、ついに水漏れの洗礼を受けたのだった。

パリで生きていくのは、「修業」。そんな側面も魅力だと思える気持ちになりつつあったが、新型コロナウイルスの感染拡大で生活はより厳しいものとなった。2020年3月半ばに始まった原則外出禁止で、最もストレスに感じたのは、食料が不足するかもしれないという心配でも、家に閉じこもることによるコミュニケーション不足でもなく、警察による不条理とも言える取り締まりだった。

この期間、外出証明書の携帯が義務づけられたが、自宅と会社が観光名所の近くだったためか、あるいはこの時期特に見られたアジア人に対する差別のためなのか、警察による取り締まりに何度も遭遇することとなった。

外出目的を確認する警察官(パリ市内)

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政府が外出証明書の内容を数回更新したため、現場の警察官も把握が追いつかず、「これはなんだ」と止められる始末。不備のない状態で外出しても「今日はどんな目に遭うのだろう」と、緊張が途切れない毎日。 ジャーナリストを尊重する国にもかかわらず、取材中ですら職務質問を受け、理由もなく退去を求められることもあった。

最もストレスに感じたのは警察官による不条理とも言える取締り

こうした「原則外出禁止」は1度では終わらなかった。バカンスシーズン後のフランスでは感染が再拡大し、10月中旬には「夜間外出禁止」に。さらに、経済状況を考慮して2度目はないと見られていた「原則外出禁止」が再び始まったのだ。

11月上旬には、1日の感染者数が6万人を超えた。パニックに陥ることなく、いつも通りに過ごそうと心がけるフランスの人たちの姿に一定の共感を覚える一方で、感染が拡大しているにも関わらず若者を中心にパーティーを続けている状況を見ると、彼らの考える「自由」とはなんなのか、憤りも覚えた。

コロナ禍でもパーティーで盛り上がる若者

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C’est la vie(セ・ラヴィ)では言い尽くせない複雑な社会

フランス流の「自由」にうんざりする一方で、フランスには心に圧倒的な力で迫ってくる魅力もある。 政治や社会の問題を自分のこととして捉え、自ら行動することでそれを変えようとするパワーと、個人の自由な考え方や生き方を尊重する結果としての「他人は他人」という姿勢だ。 新型コロナウイルスの感染が再拡大する中、病院を訪問したマクロン大統領と医療関係者たちが対等に議論する姿が印象的だった。

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事件が発生する度に現場に向かい取材を続けた石井梨奈恵特派員

「上からやってもらう」のではなく、自分たちの境遇は自分たちで変えようとする姿勢が根付いているのだ。また、家族のあり方がどうであれ、性別や服装がどうであれ個人の自由。それに首を突っ込むことは自由の侵害であり、野暮なことと捉えられている。好きなように生きても他人から干渉されない、寛容で居心地の良い社会だが、同時に日常での細々とした混乱からテロの脅威にまで向き合い、それに影響されずに生きるのが難しいのも事実だ。

こうしたことを全て「C’est la vie(セ・ラヴィ)」=「人生はこんなものだ」というフランスらしい言葉でまとめ、悟ることができるには、あまりに複雑な社会だった。

【執筆:FNNパリ支局長 石井梨奈恵】