何を買うにもどこへ行くにも“物価高”の昨今。普段の買い物にも頭を悩ませてしまう中、長崎市内に税込み1100円の美容室がある。カット専門店というが、なぜこの値段で?技術は?どんな店なのか訪ねてみた。
「カット専門」需要は多い
長崎市花丘町にあるカット専門の美容室HANA(ハナ)。2023年にオープンした。

住吉のバス通りから1本入った、道路沿いにあるオープンな店構えの美容室だ。

中に入ると座席が2つ。経営している夫婦2人が温かく迎えてくれる。

午前9時の開店と同時に、常連の男性客がやってきた。
男性:いつもの感じで。
ご主人:はい。
ケープを掛け、スプレーボトルで髪を湿らせ、バリカンとハサミで手際よくカット。時間にしてわずか15分。あっという間に終わった。

男性は「普通の美容室だとシャンプーとカットで1時間ぐらい。ここは時間が短い分、気を使わなくていいから気に入っている。シャンプーは家でやればいいし、安いから髪が伸びたらすぐ来れる」と話す。
「美容室ぐらい物価高を気にせず気軽に」
経営しているのは、明るく元気な奥さんの前田和美さんと、物静かで穏やかなご主人の幸司さん。

なぜ1100円でカットをしているのか尋ねると、和美さんは「食べ物も日用品も、今は物価高で何でも高いでしょ。美容室ぐらいお金を気にせずに、気軽に通ってもらいたいなと思って」と、笑顔で話してくれた。
ひどい手荒れで「一度、美容師を辞めたんです」
個人経営では珍しい「カット専門店」。店を開く前、和美さんは一度美容師を辞めた経験がある。

福岡の美容室で働きながら美容師免許を取得した和美さん。客の要望に応えてカットできる美容師の仕事にやりがいを持って働いていたが、毎日使うシャンプーやパーマ液によるひどい手荒れに悩まされていた。手荒れは首元にまで及び、泣く泣く美容業界から離れざるをえなかった。

そんな和美さんを支えたのが、ご主人の幸司さんだった。美容師の腕を競う大会で数多く受賞し、京都で10年程店を構えていたカリスマ美容師の幸司さん。地元長崎に戻り美容室を転々とし、全国チェーンのカット専門店で働いていた時に和美さんと知り合った。

「売上げ重視、単価重視で働くより、自分のペースでお客さんと向き合いたい」。カット専門なら和美さんも美容師として働けると、2023年にカット専門店「HANA」をオープンしたのだった。
誰もが家族のような温かいお店に
カット専門店は長崎市内にも大手全国チェーンの店舗が数店あるが、調べてみても値段は1300円ほど。一般的な美容室も、1500円を切る店はなかなか見つからなかった。
「HANA」周辺の住吉界隈は美容室がひしめき合う激戦区で、店の向かいにも人気の美容室がある。

しかし、「カット専門」として他店と差別化を図ることで、大学生から家族連れまで、幅広い世代に人気の店になった。

SNSで店を見つけて通うようになったという女性は「アトピー体質で以前はシャンプーを持参して美容室に通っていた。シャンプーを持っていく手間がかからないからとても助かっている」と話してくれた。

他の来店客も、安さだけでなく「カットだけ」という手軽さ、速さに魅力を感じる人が多かった。

和美さんは、「美容師を辞めて違う業種で働いたこともあったが、ずっとモヤモヤした気持ちが心の中にくすぶっていた。忙しくて一日中立ちっぱなしの日もあるが、辛いと思ったことはなく毎日が楽しい。店を開こうと言ってくれてよかった」と、幸司さんへの感謝の気持ちを語る。

カリスマ美容師として活躍していた幸司さんに「一般的な美容室への未練はないのか」と尋ねると「もともとカットが好きだから」と、さらりと答えてくれた。「ただ、カットしに来たお客さんの髪を見て、もっとこっちにもパーマかけてくれたら、と思う時もあるけどね」と笑う一言には、お客さんの髪を見極める確かな腕前を感じた。

和美さんは「来てくれるお客さんみんなに“おかえり”と言える家族のような温かいお店を二人で作っていきたい」と話す。
安さの真相を確かめるために訪れた美容室。そこには、確かな技術と、思いやりに溢れた素敵な夫婦の物語があった。
(テレビ長崎)