パリに赴任して1年。今回、これまで行ったどの街頭インタビューよりもフランス人たちが饒舌だった。
ある男性は、「とても嘆かわしい。問題のプラットフォームをしっかりと監視し、厳しい制裁を科す必要がある」と話し、「最初にそれを見たときは驚いた。 “いじめ”のような行為があまりに軽く扱われていて、これは非常に深刻な問題だ」と憤る女性もいた。誰に声をかけても「ああ、あの話題ね」といった具合で話し出すのだ。
死を知らせた「投げ銭」配信は12日間、計300時間も
8月から現地の話題をさらっているのは、SNSで計数十万人のフォロワーを抱えるフランス人配信者のラファエル・グラベン氏だ。

グラベン氏はジャン・ポルマノーブ(Jean Pormanove)という名前で活動し、特に「JP」の愛称で知られていた。

事件が起きたのは、8月18日。グラベン氏のグループが行っていたライブ配信が12日間、300時間近く連続で続く中、突如、打ち切られたのだ。その理由は、グラベン氏の急死。配信中に異変を察知したのはライブ配信を見ていた視聴者で、「投げ銭」という指定した金額をリアルタイムで配信者側に贈る機能を使って他の出演者に知らせたのだ。

配信が行われていたプラットフォームではグラベン氏のページは削除され、現在は見ることができなくなっている。
ビンタなど“罰ゲーム”…視聴者から「クソ野郎!」
FNNでは、削除前に100時間以上の映像を保存。中には“罰ゲーム”などと称して行われる配信仲間からの暴行が映っていた。背後から突然ビンタされる。就寝中に突然ものを投げつけられる。

ほかにも、スタンガンのようなものを押しつけられたり、ペイント弾で足を撃たれるなど、過去にいじめの標的になったことのある筆者にとっては古傷をえぐられるような気持ちになるものばかりだった。
映像もさることながら、気になったのが視聴者たちの反応だ。グラベン氏が何かされる度に日本語でいうところの「(笑)」を意味するスタンプが大量に表示され、グラベン氏らに対して「クソ野郎!」「椅子から落とせ!」とコメントが溢れる。まるで教室の中で行われているいじめを傍観し、はやし立て、もっとやれと指示を出しているようだった。そんな、目を覆いたくなる世界が繰り広げられていた。
配信グループも視聴者“煽る”仕組み
一方で、グラベン氏の配信グループも、投げ銭の目標額を決め、金額が到達するたびに「ミスをするとビンタをする」「グラベン氏の鼻毛を抜く」「総合格闘技選手に耐久力を試される」などなど、イベントを用意して投げ銭を求めて視聴者たちを煽っていた。実際、投げ銭の合計額として画面に表示されていた金額は12日間で3万6000ユーロ、日本円にして600万円以上にのぼる。

グラベン氏はもともと、ゲーム配信を中心にひとりで活動していたが、数年前に、他の配信者と合流したことで配信内容が過激化したとみられている。このような痛ましい事態に至った背景の一つとして指摘されているのが今回、グラベン氏らがライブ配信を行っていた配信サービス「KICK」の存在だ。地元メディアもKICKは他の配信サービスに比べ取り扱う内容の規制が緩く、配信者にとっては投げ銭の取り分が多いと指摘していた。
「KICKには規制が必要」「楽に稼ぐ安易なコンテンツ」
今回の件についてフランスの配信者たちに取材をすると様々な反応が返ってきた。

Jokaa45氏は「私はこの件が長年配信者たちが抱えてきた問題を浮き彫りにしたと思う。人が亡くなったから騒ぎになっているが、こうしたことは常に起こっている」と強調する。プラットフォームについて、「KICKは誰もが知っている通り、もっと規制が必要だ。戦車でも送り込むくらい徹底的にね」と警鐘を鳴らす。その上で、グラベン氏についても「彼のことをよく知っていたわけじゃない 。でも、他にもできることは確実にあったはずだ。あれは『楽に稼ぐための安易なコンテンツ』だった」と指摘。
また、視聴者についても「投げ銭をする視聴者も、実際に街で老人がいじめられているのを見たら大笑いなんてしないはずだ。ネットは『何が普通か』の感覚を狂わせる。ネット上では現実で絶対に言わないことを平気で言ってしまう」と、注意を呼びかけた。
「KICKは他のサービスから追放された人の逃げ場」
また、5年ほど配信を続けているVickyLive氏は「KICKには別の配信サービスから追放(バン)された一部の配信者の逃げ場となっているようだ」と指摘する。彼女の配信は、障がいや性、哲学などについて幅広く取り上げ議論していて、視聴者たちとも良好な関係を築いていると話す。

心がけている点の一つが視聴者との“持続可能”な関係性だ。「投げ銭」についても配信者が実際にはどのような人か分からないことが多いからこそ、経済的に苦しい状況に陥るような無理はしないで欲しいと呼びかけている。VickyLive氏は「視聴者の方々と次第に家族のような関係が築かれていき、お互いの様子を気にかけ合うようになっている」と笑っていた。
配信仲間「無理やりやったわけじゃない」と釈明
事件を受けて、フランス政府の反応は早かった。デジタル担当相のクララ・シャパーズ氏は「暴力的コンテンツの収益化と戦うために、規制手段をさらに強化しなければならない」として、KICKに対して訴訟を起こすと表明。

フランスの捜査当局は過去にグラベン氏の配信に関わった人物らに対し、傷害などの疑いで予備的な捜査を続けている一方、司法解剖の結果グラベン氏の死因は外傷によるものではないことが判明している。また、KICKについても違法なコンテンツを提供した疑いなどについても予備的な捜査を始めた。
こうしたさなか、グラベン氏と一緒に配信を行っていた男性が地元メディアの電話インタビューに応じた。男性はグラベン氏の死について問われると「彼を説得して病院に行かせたり、医者に診てもらうように強く言うべきだった。あの(死亡した)12日間の配信こそ、彼が弱っているサインを出していた時だった」と後悔を口にした。
その一方で、平手打ちなどグラベン氏に対して暴力が繰り返されたという指摘については「後悔していない。無理やりやったわけじゃない。彼も同意していた」と述べた。その上で、「本当に痛めつけてはいない。ただ“演出”の一部で、派手に見せたかった」と涙ながらに釈明した。

今後については「家族のことが心配。(仕事を探すことが)できません。世間の目には、僕は殺人者に映っている。外に出れば、人々がまるで僕を最低の人間のように見るんだ」と事件で一変した状況を明かした。KICKは事件後、「我々は当局に全面的に協力することを約束します。また、フランス語のコンテンツの全面的な見直しに着手しています」とコメントしている。

フランス社会に大きな衝撃を与えた今回の事件。プラットフォーム、配信者、視聴者、それぞれの責任が問われ、複雑に絡む今回の問題に、どのような解を導くのか。今後の展開に注目が集まっている。
【執筆:FNNパリ支局 原佑輔】