約14億人のカトリック信徒を束ねるローマ教皇フランシスコの葬儀が、4月26日、バチカンのサンピエトロ広場で執り行われた。会場にはアメリカのトランプ大統領のほか、ウクライナのゼレンスキー大統領、フランスのマクロン大統領、イギリスのスターマー首相が参加したほか、ローマ教皇庁によると25万人が広場やその周辺に集まった。

サンピエトロ広場での葬儀には世界中から多くの人が駆けつけた(4月26日)
サンピエトロ広場での葬儀には世界中から多くの人が駆けつけた(4月26日)
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ナポリから会場を訪れたという女性は、「教皇に対してとても愛情を持っているのでここにいたいと思った。感謝の気持ちとあなたを忘れないと伝えたい」と時折瞳を潤ませながら話してくれた。葬儀の会場には、イタリアをはじめスペインやブラジル、アルゼンチン、ニュージーランド、アルバニア、南スーダンなど大陸を問わず多岐にわたる国旗がはためいていた。

葬儀では世界中の国旗を目にした
葬儀では世界中の国旗を目にした

葬儀が終わり、今、世界の目は第267代教皇の座に誰がつくかに注がれている。そう、「コンクラーベ」と呼ばれる秘密選挙だ。

「コンクラーベ」は5月7日開始 完全非公開の封鎖された選挙

ローマ教皇庁は4月28日、枢機卿と呼ばれる教皇に次ぐ高位の聖職者による会議で、コンクラーベを5月7日から始めると決めた。教皇は慣例として枢機卿から選ばれる。今回投票権を持つのは80歳未満の135人の枢機卿だ。舞台となるのは、ミケランジェロの「最後の審判」で有名なバチカンのシスティーナ礼拝堂。

コンクラーベのため、システィーナ礼拝堂に入る枢機卿ら(2013年3月)
コンクラーベのため、システィーナ礼拝堂に入る枢機卿ら(2013年3月)

コンクラーベはラテン語で「鍵がかかった」という意味だ。選挙期間中、礼拝堂は完全に非公開で封鎖されたままになる。この間、手紙やメールを送ること、新聞、テレビなどで情報を得ることも禁止される。また、選挙に関する秘密を厳守し、外部からの干渉を受けないことを宣誓する。

何重もの制約の中で進められる選挙。教皇が選ばれるには、少なくとも出席者の3分の2の票を得る必要がある。投票は初日の午後に1回、ここで決まらなければ2日目、3日目は午前と午後にそれぞれ2回ずつ投票を行う。その後は、1日おいて同じ手順で7回投票することを繰り返すが、それでも決まらなければ最後は上位2人の決選投票となる。

煙突から上がる「白い煙」と「黒い煙」 

開票されると投票用紙は全て燃やされ、投票の結果は礼拝堂の煙突から出る煙の色で集まった信者らに知らされる。新しい教皇が決まれば「白色」、決まらなければ「黒色」の煙だ。

システィーナ礼拝堂の煙突から立ち上がる白い煙(2013年3月)
システィーナ礼拝堂の煙突から立ち上がる白い煙(2013年3月)

前回、教皇フランシスコが選ばれた際には、2日目の夜に白い煙が上がっているが、過去100年を振り返ると、最も時間がかかったコンクラーベで1922年に5日を要したこともある。

枢機卿に話を聞くと空を指さして…

5月7日から始まるコンクラーベについて、枢機卿の1人に話を聞くことができた。エルサルバドルのグレゴリオ・ロサチャベス枢機卿(82)だ。

グレゴリオ・ロサチャベス枢機卿
グレゴリオ・ロサチャベス枢機卿

次の教皇に求められる資質について質問すると、「一貫性」「明確さ」「伝える力」の3点を挙げた。ロサチャベス枢機卿は「美しいことを言っても、実行しなければ意味がありません。それを世界にどう伝えるかが大切です。教皇フランシスコはこの3点において素晴らしかった」と強調。そのうえで、「昨日(4月26日)、サンピエトロ広場で見ましたね。葬儀の前にトランプ大統領とゼレンスキー大統領が話し合っていました。正しい決断がなされ、戦争が終わることを願っています」と話していた。

空を指さすロサチャベス枢機卿
空を指さすロサチャベス枢機卿

ロサチャベス枢機卿は82歳と投票権がないため、今回のコンクラーベには参加しないが、誰が選ばれると思うか聞いた。すると、空を指さして「天が決めます」と微笑んだ。

バチカン取材歴40年 注目は改革派と保守派の綱引き

また、バチカンで長年取材を続ける2人の記者にも話を聞いた。

ロイター通信で40年間バチカンの取材を担当してきた、フィリッポ・プッレラ氏は、コンクラーベについて「フランシスコのように開かれた教会の指導者を選ぶのか、それとも中道の教皇を選ぶのか」がポイントだと指摘する。教皇フランシスコは、同性愛に寛容な姿勢を示すなど改革派として知られている。ただ、保守派からは反発もあり、教会内は分裂しているという。

ロイター通信バチカン担当 フィリッポ・プッレラ記者
ロイター通信バチカン担当 フィリッポ・プッレラ記者

仮に、枢機卿らが“教皇フランシスコの路線“を続ける道を選ぶとしたら、一つの選択肢としてフィリピン出身のルイス・アントニオ・ダグレ枢機卿(67)を挙げる。

アジア出身者が教皇に就任すれば、歴史上初のことになるが、プッレラ氏は「アジアはカトリックが成長している地域で、ヨーロッパでは成長せずむしろ下降している」として、教会をめぐる情勢が後押ししていると解説する。

左:ルイス・アントニオ・ダグレ枢機卿、右:ピエトロ・パロリン枢機卿(バチカンHPより)
左:ルイス・アントニオ・ダグレ枢機卿、右:ピエトロ・パロリン枢機卿(バチカンHPより)

反対に教会内のバランスを考えるならイタリア出身のバチカンの国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿(70)の可能性もあるという。パロリン枢機卿について「改革派の人々と保守的な人々の両方を満足させる良い選択肢」と評する。

教皇フランシスコは革命を起こした 後戻りはできない

イタリアのANSA通信の記者で、教皇フランシスコの就任以来バチカンを取材してきたマヌエーラ・トゥッリ氏は、教皇フランシスコについて、「彼は間違いなく教会に革命を起こした教皇です。彼はすぐに“最後の人々”つまり最も貧しい人や、移民、受刑者などを中心に置いた。こうした流れを、すべて後戻りすることはできないと思います」と話す。

ANSA通信バチカン担当 マヌエーラ・トゥッリ記者
ANSA通信バチカン担当 マヌエーラ・トゥッリ記者

候補者についてはまだ予測はできないとしたうえで、28日から始まる枢機卿の会議で、いま教会が抱える課題を見極め、どのような人物が求められているのか候補者が見えてくるだろうと指摘する。

イタリアのことわざ「教皇として入った者は、枢機卿として去る」?

最後にイタリアのことわざを教えてくれた。" Chi entra Papa esce cardinale"=教皇として入った者は、枢機卿として去る。つまり、コンクラーベの前に次の教皇だと言われてシスティーナ礼拝堂に入った人は、枢機卿として出てくるという意味で、コンクラーベは予想通りにはいかず、思いがけない人が教皇に選ばれることが多いということを示している。それが転じてイタリアでは「勝利が実際に手に入るまで決して確信してはならない」や「あまり期待すぎてはいけない」という意味で使われるのだそうだ。

約14億人のカトリック信徒の頂点に立ち、大国のリーダーをも上回る影響力を持つとも言われるローマ教皇。5月に誕生する新しい教皇が次の時代をどう導くのか、密室で投じられる票の行方に世界が注目している。

【執筆:FNNパリ支局 原佑輔】

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原 佑輔
原 佑輔

FNNパリ支局特派員。
1986年愛知県生まれ。2009年関西テレビ入社。大阪府警、大阪地検特捜部などの担当、京都支局長、フジテレビ政治部を経て現職。ザ・ドキュメント『 猛火の先に~京アニ事件と火を放たれた女性の29年~』でギャラクシー賞奨励賞受賞。