河野行革相が“脱ハンコ”を打ち出してから中央省庁や各自治体で行政手続きを電子化する取り組みが広がっている。7日には規制改革を進める政府の会議において、菅首相が書面やはんこ、対面主義を見直すための法改正を図る意向を強調したのだ。
しかし民間企業では、経理や総務などにリモートワークの導入が進んでいないという声があることはすでに編集部でもお伝えしてきた。
(参考記事:経理だけ不公平? コロナ禍でもテレワークできない「紙の請求書」…“電子化”プロジェクトに課題を聞いた)
経理がテレワーク化できない大きな原因は「紙の請求書」だとされている。これが全て電子化されたらどうなるのか?
この疑問に答えるべく、「もし日本の企業全体で“脱・紙の請求書”を実現すると年間で約1兆1424億2182万円の利益が出る」という驚くべき試算が「請求書の電子化による経済効果」として公開されたのだ。

試算したのは、経理業務の負担を減らすクラウドサービスを提供する株式会社ロボットペイメントが中心となって立ち上げた「日本の経理をもっと自由に」というプロジェクトと関西大学の宮本勝浩名誉教授。
紙の請求書を電子化するメリットは発送費用の削減と、発送業務の省力化であるとして、それぞれを計算したのだ。
試算の仕方を紹介すると、発送費用は、まず日本の企業を規模別に大中小に分類し、それぞれの1社が毎月発送する紙の請求書の枚数を様々なデータを元に推測。企業数は 中小企業庁発表の「中小企業白書 2019年版」から引用した。
1通当たりにかかる費用はロボットペイメントの調査をもとに平均126円として、1年間にかかる費用を下のように計算した。
・大企業 1万1157社×約1984枚×126円×12カ月=約334億6884万円
・中規模企業 52万9786社×約660枚×126円×12カ月=約5286億8400万円
・小規模企業 304万8390社×約73枚×126円×12カ月=約3364億6908万円
(出典:「請求書の電子化による経済効果」より)
これらを合計すると、日本の全企業が紙の請求書を発送する年間の費用の総額は約8986億2192万円となる。
続けて、この省力化によってどれだけの費用が削減できるかを推計。
まず請求書を発送する従業員の人件費は、厚生労働省の「平成30年賃金構造基本統計調査による職業別平均賃金(時給換算)」を参考に、大中小企業ごとの時給を割り出した。
ロボットペイメントが2015年4月に発表した123社の調査によると「エクセルなどを使用して手作業で行う請求書作成の作業、手間」と「請求書発送の作業、手間」の合計は1通あたり約4分で、これに前述した毎月発送する紙の請求書の枚数を掛け、1年間の日本全体でかかる費用を導き出す。
・大企業 (時給)2307円×(4分÷60分)×約1984枚×12カ月×1万1157社=約408億5323万円
・中規模企業 (時給)1849円×(4分÷60分)×約660枚×12カ月×52万9786社=約5172億1524万円
・小規模企業 (時給)1570円×(4分÷60分)×約73枚×12カ月×304万8390社=約2795億1298万円
(出典:「請求書の電子化による経済効果」より)
全ての企業の合計は約8375億8145万円となり、この一部が紙の請求書を電子化することで削減できるということになる。
株式会社ラクスの2018 年の報告書「経理業務効率化のためにしていること」によると、請求書発行の電子システムを導入している企業の比率は、34.2%。そこで、残り 65.8% の企業が請求書の電子化を行った場合を日本企業の利益として推計。
・大企業 約743億2207万円 (発送費用と手間・作業費の合計)× 0.658 = 約489億392万円
・中規模企業 約1兆458億9,924万円(同) × 0.658 = 約6882億170万円
・ 小規模企業 約6,159億8,206万円(同) × 0.658 = 約4053億1620万円
(出典:「請求書の電子化による経済効果」より)
全ての企業が請求書の電子化を行うと、発送費用と手間・作業費の合計は1兆1424億2182万円に及び、さらに電子化によるメリットを次のようにまとめている。
1.大企業1社平均の年間の利益は約666万円となる。
2.大企業全体の年間の利益は約489億392万円となる。
3.中規模企業1社平均年間の利益は約198万円となる。
4.中規模企業全体の年間の利益は約6,882億170万円 となる。
5.小規模企業の1社平均の年間の利益は約20万円となる。
6.小規模企業全体の年間の利益は約4053億1620万円となる。
7.日本の企業全体の年間の利益は約1兆1424億2182万円となる。
(出典:「請求書の電子化による経済効果」より)
またロボットペイメントは、中小企業はIT導入の予算確保が難しいとして補助金の拡充などを求める経産省への嘆願書を9月30日に提出している。
その翌日、10月1日からは改正電子帳簿保存法が施行され、請求書や契約書などを電子データで保存する規制が緩和された。
河野行革相の“脱ハンコ”発言もあり、まさに紙の請求書から電子化へと一気に進みそうな気配だが問題点はないのか?また、これまで電子化を足止めしていた原因はなんだろうか?
ロボットペイメントの担当者に聞いてみた。
紙の請求書でも業務が回ることが問題
――“脱・紙の請求書”の試算をした狙いは?
IT導入補助金拡充などの嘆願書を提出しましたが、国レベルでの経済効果が見えることで、省庁への働きかけが強くなると考え試算しました。結果として1兆を超える経済効果が見込まれ、電子化推進の価値を提示できたと考えています。
――これまで請求書の電子化がうまくいかなかった原因は?
一番大きな問題は、紙の請求書でも業務が回るということにあります。
“新型コロナ”の前であれば、業務が回っている以上、課題認識を持たない企業がほとんどであり、その後もシステム投資に後ろ向きであったり、経理の業務改善を後回しにする企業が一定量存在するため、遅れているのではと考えます。
また、請求書は、発行側と受け取り側が存在し、受け取り側が電子請求書をNGとしている場合、発行側がどれだけ電子化を進めても紙の送付をなくすことができません。さらに、電子化にはシステム化が絶対条件になりますが、コストがかかります。
“新型コロナ”の影響が長引き不景気が続いているため、紙でも業務が回る請求書を電子化するより、売上に関わるシステムや、関わる関係者が多いシステムへの投資が優先される傾向が高くなっています。
――紙書類と電子データが混在するとデメリットがあるのでは?
請求書電子化システムの多くは、請求書をメールで送ることと、郵送で送ることを選択できます。そのため、請求書発行業務については工数が削減され、混在していてもデメリットはありません。
強いてデメリットを考えるのであれば、電子化で削減される印刷や郵送のコストは削減されませんので、システム投資でのコストメリット享受が少なくなります。
――改正電子帳簿保存法で、電子化が進まなかった問題は解決した?
今回の改正では、請求書の電子化問題は解決しません。
ただ、請求書を電子化するという機運は高まってくるため、加速すると考えます。また、請求書の発行・受け取りシステムの多くは、相手側の電子化に対して柔軟に対応できるものがほとんどのため、自社の電子化という意味では解決すると思います。

――本当のペーパーレス化が実現するためには何が必要?
1998年に電子帳簿保存法が制定された段階で、自社で作成するデータは電子保存でOKとなりましたが、22年たった今でも、100%の導入率ではなく、今でも紙の帳簿を使われている企業はあります。
政府が民間に対して、ペーパーレス企業に対してのインセンティブや電子化の強制、もしくは税制優遇などを行えば加速すると思いますが、強制は難しいと考えます。
そのため、完全な電子化には遠いのですが、請求書の電子化率が50%を超えると、各企業の業務フローで電子化が基準になり、電子請求書での受領を求めるようになると考えられ、その時点から日本全体の電子化が加速すると考えます。
――河野行革相の「脱ハンコ」発言をどう思う?
国策で脱ハンコが進むのは、大きな影響があると思います。官公庁・自治体の各種申請が電子化されることで、企業から提出する資料も電子化され、紙がなくなり、印鑑も自動的になくなるということです。
民間企業においては、業務が紙からデータになることでデジタルトランスフォーメーションが進み、生産性が高まるメリットが生まれます。
法的に紙と印鑑が必要なくなれば、民間は生産性の高い手法を選択しますので、結果として電子化が大きく加速するきっかけとなるでしょう。
あなたの周りで「ペーパーレス」は進んでいるだろうか?ちなみに筆者が請求書を出す場合は、PCで請求書を作って印刷し、ハンコを押してスキャナで取り込みメール送信するという手間が掛かっている。これがなくなるなら大歓迎だ。
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