右手のあざを隠している?
トランプ米大統領の「手のアザ」が、ワシントンの政治劇でクローズアップされてきた。
トランプ大統領は8月25日、ホワイトハウスで「保証金なしの保釈」を禁止する大統領令に署名をした。

この命令はトランプ大統領が最近打ち出した「凶悪犯罪殲滅作戦」の一環でマスコミの関心を集めたが、署名式で記者やカメラマンは別のことに注目した。
「ドナルド・トランプの手のアザに注目が集まる。国民はその原因を知る権利がある!」(ニューズウィーク電子版)
「トランプの手のアザが鮮明に。大統領の健康に注目が」(ステートニュース・コム)
「トランプ、ひどいアザを隠そうとして失敗」(デイリー・ビースト)
どの記事にも、トランプ大統領の右手の甲に濃い紫色のアザが浮かんでいるアップの写真が添えられていた。

英エクスプレス紙電子版によれば、この写真は即座にSNS上に拡散。
「心不全ではないか」「ペンを持つのもやっとだった」などという書き込みが飛びかい、この「アザ騒動」は一気に熱を帯びた。
マスコミの注目と深まる疑念
実はこの「アザ騒動」は今に始まったことではない。今年に入ってから繰り返し報じられ、ホワイトハウスも説明に追われてきた。だが説明すればするほど疑念は深まり、逆に“隠しきれないミステリー”として拡大している。
この話題が本格的に注目を集めたのは2025年2月24日。ホワイトハウスでフランスのマクロン大統領を迎えた際、ゲッティ社のカメラマンがトランプ大統領の手をズームで撮影し、写真のキャプションに「化粧であざを隠しているように見える」と書いたことがきっかけだった。

その後、4月の「司令官杯」授与式でも同じ箇所に大きなあざが確認され、英デイリースター紙電子版 は「点滴治療を受けていた可能性」を報じた。5月以降もあざは断続的に出現し、7月にはC-SPANのカメラが“塗りムラ”のあるファンデーションをとらえた。
ホワイトハウスのキャロライン・レビット報道官は、繰り返し「握手のしすぎが原因」と説明してきたが、署名式で本人が右手を左手で覆い隠す様子が映るたびに「隠しているのでは」との疑念を呼んでいた。

アメリカ政治において大統領の健康は常に敏感なテーマだ。レーガン元大統領は高齢説に悩まされ、バイデン前大統領は認知症疑惑に苛まれた。トランプ大統領自身も2024年の選挙戦で「バイデンは衰弱している」と攻撃して勝利した経緯がある。
今回の「アザ疑惑」はこれまで英国の大衆紙が主に取り上げてきたが、ここへきて米国のマスコミが騒ぎ出したのも、バイデン前大統領の認知症疑惑をあげつらっておいて、トランプ大統領の健康疑惑に触れないのは「不公平」だという意識があったからだとも考えられる。
手のあざは「病気の兆候」?
しかし、サルフォード大学のガレス・ナイ博士は「加齢により皮膚や血管が弱くなり、ちょっとした打撲であざになりやすい」と指摘。特に血液をサラサラにする薬を飲んでいれば顕著だという。過度な日光曝露で起きる「日光性紫斑(アクチニック・パープラ)」の可能性もあるとデイリースター紙に述べている。
要するに「病気の深刻な兆候」と断定する医学的根拠は乏しいようだ。

結局のところ、トランプ大統領の右手に浮かぶあざは単なる打撲かもしれないし、慢性疾患や薬の副作用かもしれない。現時点では確定的な証拠はない。
だが重要なのは、その不確実性自体が政治の文脈で利用され、健康不安という物語を増幅していることだろう。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)