11月に東京で開かれる聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック」。
その陸上競技の日本代表に、松江ろう学校に勤務する2人の先生が選出されました。
教員と現役選手の二刀流、同僚として切磋琢磨しながら大舞台での飛躍を目指す2人の姿を追いました。
2025年5月、松江ろう学校の2人の先生が、東京で開かれるデフリンピック陸上競技の日本代表に選ばれました。代表内定から2か月が経った7月…。
松江ろう学校教諭・須山勇希さん:
冠位十二階は、何のために定めたでしょう?
教壇に立っていたのは、須山勇希さん。小学部6年生の社会科の授業です。
須山さんは雲南市出身、松江ろう学校の卒業生です。中学時代に陸上を始め、今回のデフリンピックでは走幅跳の代表に内定しました。2024年7月の世界デフ陸上で7位入賞、2025年5月の日本デフ陸上では優勝を果たした実力者です。大学を卒業したあと、2年前から母校で教鞭を執っています。
松江ろう学校教諭・須山勇希さん:
今も勉強中なので、もっともっと分かりやすくできればなと思うことが毎日あるので。
教員生活は2年目。教室ではまだまだうまくいかないことも多いと須山さんはいいますが…。
児童:
分かりやすくて、すぐに納得できる。デフリンピックに行くことはすごいなと思いました。憧れの人の1人なので、そこを目指していきたいです。
松江ろう学校教諭・須山勇希さん:
普段思っている事とかは言ってくれないので、そういう風に思っていてくれていたんだなというのがわかりました。
誠実で優しい、子どもたちにとって憧れの先生です。
一方、この学校には日本代表がもう一人。休み時間、大勢の子どもたちに囲まれているのは、足立祥史さん。東京デフリンピックの400メートル、4×100メートルリレー、4×400メートルリレーの3種目の代表に内定しています。
松江市出身で、陸上を始めたのは中学時代。2024年7月の世界デフ陸上では日本代表として4×100メートルリレーに出場、大会新記録での優勝に貢献、デフリンピックでもメダルが期待されています。教員生活は5年目、中学部と高等部の社会科を担当しています。
松江ろう学校教諭・足立祥史さん:
買い物に失敗はもちろん付きものなんだけど、そこから学べることもある。自分を守るための法律がいっぱいあることは知っておいてください。
この日は「公共」の授業、買い物をするときの注意点を伝えましたが、自身にも中学時代、苦い思い出があるそうです。
松江ろう学校教諭・足立祥史さん:
スマホゲームのガチャを沢山買ったんですけど、それが親の口座から数万円引き落とされていたことがあって。それで怒られて携帯を取り上げられました。
授業では披露しなかった失敗談をこっそり教えてくれました。底抜けの明るさが、足立さんの魅力です。
同僚:
子どもにすごく人気ありますね。(足立さんがいると)学校全体がエネルギー溢れるというか。
松江ろう学校教諭・足立祥史さん:
コミュニケーションを取って、おふざけをして色々な楽しい思い出、悲しい思い出を一緒に作ることにとてもやりがいを感じています。それが子どもたちにとって将来役に立てば良いなと思っています。
同じ学校で頑張る2人の選手、お互いに刺激を受け合っているといいます。
松江ろう学校教諭・須山勇希さん:
足立先生がこの学校におられることで、陸上を一緒にやっている先輩がいるというのはすごく支えになるなと思います。
松江ろう学校教諭・足立祥史さん:
須山先生は仕事も陸上もストイックに取り組んでいる姿をよく見るので、自分も頑張らないといけないなと思って、身を引き締めて頑張っている途中です。
午後5時、仕事を終えた2人は陸上競技場へ。競技場が使用できる午後7時までの限られた時間のなかでトレーニングです。コーチはいませんが、ここでも2人は支え合います。
松江ろう学校教諭・足立祥史さん:
須山先生の走りを見て『ちょっとリラックス』とか手話で話をしました。
7月、松江市で開かれた国スポの県予選、健常者も出場する大会です。
走幅跳の須山選手は短距離から転向、その経験を生かしたスピードに乗った跳躍が武器です。この日は自己ベストを更新する“6メートル89”をマークし、優勝しました。
また短距離に出場した足立選手。完璧なスタートで、前半はレースを引っ張ります。しかし終盤に減速、2着に終わりました。レースのあとには、左耳に手を当てる様子も。
松江ろう学校教諭・足立祥史さん:
途中で人工内耳が取れかけてしまって。そこを気にしてしまって、ちょっとスピードが落ちてしまったのが残念でした。
スタートのピストル音を聞くために装着していた人工内耳がレース中に外れそうになり、走りにも影響が出てしまいました。デフリンピックなど聴覚障害者の大会では、「スタートランプ」と呼ばれる装置が導入され、LEDの色の変化を見てスタートのタイミングを判断できるため、人工内耳や補聴器を装着する必要はありません。
選手にとっても慣れが必要なスタートランプ。足立選手は携帯のアプリを活用して、簡易的なスタートランプを自作してデフリンピックに備えています。
松江ろう学校教諭・足立祥史さん:
きっかけは、スタートランプでフライング失格したことがあったんですよ。なのでランプを使った練習も積み重ねないといけないなと思って、工夫して作ってみました。
ただ健常者も出場する大会では、機器が高価なことや操作に技術が必要なこともあり、スタートランプの導入が進んでいないのが現状です。
松江ろう学校教諭・足立祥史さん:
今日はとても暑いので、途中で人工内耳を取って汗を拭いたりとかケアが必要なので、本番の時も汗とか気にしてしまうのは集中できなくなってしまうので。選手の心理的な負担の軽減のためにもランプはほしいですね。
それでも気持ちを切り替え、続く300メートルではリベンジ、優勝を果たしました。
足立選手は、デフアスリートである自分が活躍することで、スタートランプの普及をはじめ、障害のある選手の活躍の場が広がればと考えています。
松江ろう学校教諭・足立祥史さん:
隣の人を見てからスタートしたりとか、色々自分なりの努力で頑張ってきている子が実は沢山いて。スポーツで頑張る聞こえない・聞こえにくい選手でも自分らしく競技に集中できるように、健常の聞こえる人たちと対等に戦えるように、スタートランプという社会の仕組み、設備が必要だと思っています。生きやすくなる社会になるまで何年かかるか分かりませんけど、できるだけ最後まで貢献していきたいなと思っています。
松江ろう学校教諭・須山勇希さん:
「障がいがある、ないに関係なく、自分の好きなこととかやりたいこととかを諦めずに最後まで頑張り続けることの大切さや楽しさを伝えていけたら。
東京デフリンピック2025は、11月15日に開幕。競技との二刀流で挑む2人の先生は、それぞれの思いを胸に最高の舞台での活躍を誓います。