価格高騰や備蓄米の放出など、コメをめぐる動向が連日、消費者の注目を集めている。日本の「食」を支えてきた現場で何が起きているのか。「令和の米騒動」に揺れる、農家の本音を取材した。
■農業も「カイゼン」…IT導入で生産性アップ
愛知県弥富市を中心に、米作りを行う「鍋八農産」は、バンテリンドーム40個分あまりに相当する、およそ200ヘクタールの農地を管理している。

2025年5月末、秋の収穫に向けた田植えが行われていた。田植え機にはGPSがつけられ、ハンドルが自動で動いている。

鍋八農産の代表 八木輝治さん:
乗っている運転手のストレス解消や様々な要因で、今の田植え機には直進アシストといって、真っすぐ植える機能が備わっています。
八木輝治さんが代表を務める「鍋八農産」は、およそ200人の地主から委託を受け、米を作っている。高齢化などで依頼が増え、大規模化が進むとともに、ITの導入に積極的に取り組んできた。

2014年には、パソコンやスマホを活用した生産管理システムを、いち早く米作りに導入し、作業の無駄をなくそうと「カイゼン」を重ねてきた。

作業ルートの効率化を図ったほか、経験と勘で多めに作っていた苗も、必要な量だけ育てることで、コストの削減につなげた。
その後も、ドローンの導入など、栽培方法やシステムの見直しを続け、黒字を確保してきた。

鍋八農産の代表 八木輝治さん:
まず効率が良くなったのと、今までは機械が田んぼに入って、足跡をつけながら除草剤をやっていたが、今は空中からなので稲を踏まない。なるべく入らないのがベストなので。
■小泉農水相も視察…『コメは安すぎた』のか
「鍋八農産」には2016年、当時自民党の農林部会長だった、現在の大臣、小泉進次郎農水相も視察に訪れ、八木さんとおよそ2時間、議論した。

鍋八農産の代表 八木輝治さん:
当時彼が来たときは、農業関係の資材だとか、農業機械の高騰の話をしまして、(小泉氏に)「どう思いますか?」と言われて、「高いな」と答えた。当時は「海外から入れたらどうだ」とか、いろんなことを彼が提案してきて「そういったところにもメス入れるべきなんじゃないか」という議論でした。(現在の小泉農水相は)すごくスピーディーに動かれていて、とにかく早いんだなというのは実感しました。ストレートというか、曲がらないというのが昔と変わっていないなと。

八木さんが今、生産者として小泉農水相に望むのは、米を作り続けるための『適正な価格』を確保することだ。
鍋八農産の代表 八木輝治さん:
農家が夢のある職業になるためにも、再生産価格の設定は幅を持って魅力のあるやり方にしてあげないと、この先20年30年、農業やる人間が嫌になっちゃう。
米はかつて国が価格を決め、全量を買い上げていたが、徐々に自由化が進み、2004年には流通が完全自由化された。卸売価格の推移をみると、自由化の過程で、価格は大きく下落していた。

米の生産や流通に詳しい専門家は、「コメは安すぎた」と指摘する。
宇都宮大学農業経済学科の小川真如助教:
やはり「安すぎた」ということだと思います。例えばお米を作っている大きな企業は、全国に数カ所だけということであれば、その生産にかかるコストが上がったので、価格を値上げしますということがしやすいけれども、米農家は全国にたくさんいて、多くは家族経営だったりするわけですので。なかなか価格を上げたいと思っても、「じゃあ他の農家から調達します」と。

米作りに携わる八木さんも、自ら価格を決められない“もどかしさ”を感じていた。
鍋八農産の代表 八木輝治さん:
「生産費がこれだけかかったから、これだけのお米の値段を欲しい」と言っても、相場があるので相場に左右されてしまって、今年は3万円かもしれないけど来年は1万円かもしれない。そうすると経営ができないですね。安定して経営ができる体勢をとって頂きたいと、国にはお願いしたい。
■備蓄米に翻弄されて…苦悩する卸売業者
6月11日、岐阜県岐阜市の米卸売業者「ギフライス」を取材に訪れた。

倉庫にはJAが入札した令和6年(2024年)産と令和5年(2023年)産の政府備蓄米、いわゆる「江藤米」が保管されていた。

流通のスピードアップのため、卸売業者を介さず中小のスーパーなどに引き渡された「小泉米」の精米も依頼されているが、11日時点で、肝心のコメがまだ届いていない。

ギフライスの社長 恩田喜弘さん:
今4社ほど受けているんですけど、まだどこからも随意契約の「小泉備蓄米」は入庫していませんね。当社はいち早く精米したいと思っている。(止まっているのは)やはり物流だと。倉庫や物流の現場では、ひどいことになっているのだろうと思います。

当初、国は備蓄米の放出を拒んでいた。ギフライスでは、2024年末から台湾米100トン、アメリカ産のカルローズ400トンなどを輸入してきたが、その後、安い備蓄米の放出が決まり、販売価格を下げたため、利益はほぼ出ていないという。

ギフライスの社長 恩田喜弘さん:
(備蓄米の放出が)当然分かっていたら輸入なんて考えていないですし、当然日本の消費者のみなさまは「日本のお米が食べたい」というのが第一ですので。
恩田社長は取材の前日、東京で開かれた卸売業者の団体の総会に参加し、小泉農水相とあいさつを交わしたという。

ギフライスの社長 恩田喜弘さん:
挨拶の時に一言、「卸を助けてください」と言ったんですけれども、卸売業者にも随意契約をしていただいて、通常手に入らないようなお客さまにも、安い備蓄米を販売できるといいなというのが、今の願いです。
■希望が持てる未来に…農家が描く“夢”は
先進的な米作りを続けてきた「鍋八農産」は2024年、米粉を使ったグルテンフリーの専門店「EWALU(エワル)」をオープンした。

八木さんの妻がオーナーを務め、ベーグルや食パン、スイーツなど、毎日およそ20種類の商品が並ぶ。

客A:
私、小麦粉が体に合わないので米粉が気になって来ました。すごくもちもちしていて、おいしい。
客B:
来た時にまずおしゃれで、お米屋さんだとは思わなかったので、意外だなと思いました。

原料は、もちろん鍋八農産が作った米を使っているが、なぜ“パン”だったのか。

EWALUのオーナー 八木淳子さん:
お米っていうのは相場で決まってしまうので、自分たちで値段をつけられない。パンは自分たちで値段を決められる。そこで付加価値が生まれるんじゃないかと思って、米農家を続けていくための、1つの戦略としてやっています。

これからもずっと、おいしい米を作っていくために、八木さんは2025年も新入社員を採用し、未来への種まきを続けている。

新入社員の男性:
祖父母が家庭菜園をしていて、小さいころから手伝いをしていた。そこで「農業楽しいな」って思ったから。後継者がいないっていうこともあるので、少しでもそれが無くなっていく方向になればいいかな。

EWALUのオーナー 八木淳子さん:
魅力のある農業には、資金や給与面は大前提であって、その先に新しい技術。やっていてワクワクするような、そういう技術があると。(農業は)この先、可能性はまだまだあるなと思いますし、一番は結果。最後は農業をやりたいと思う人が集まらないと、成り立たない。
2025年6月12日放送
(東海テレビ)