「ある日突然、父親との血のつながりがないことを知った」
この言葉が象徴するように、生殖補助医療によって生まれた子供たちの出自を巡る問題が浮き彫りになっている。
特定生殖医療の現状と課題を探るため、二つの異なる国の事例を見ていく。

■日本における生殖医療の現状「両親が隠し通してきた真実」
日本では、不妊治療として第三者からの精子提供が行われており、歴史は80年に及ぶ。
しかし、治療について定めた法律がないことが大きな課題となっている。
明確な医療体制やルールがないため、子供たちは不安定な立場に置かれている。
横浜市に住む加藤秀明さんは、29歳のとき、自分の遺伝子が父親と全く繋がっていないことを知った。
「両親が隠し通してきた真実に苦悩する子供」として、加藤さんはその後も「両親に置いておかれた感」を抱いている。
生殖補助医療に関する法整備が進まない日本では、治療の匿名性が問題視されている。

■子供たちの出自を知る権利を重視 カナダでは20年前に法整備が整う
一方、カナダでは約20年前に法整備が整い、子供たちの出自を知る権利が重視されている。
カナダに住むヴィンスさん夫妻は、無精子症と診断された後、個人情報を公開している提供者を選んだ。
ヴィンスさんは「子供たちにも“提供者を知る権利”を与えたかった」と語る。
カナダでは、提供者の個人情報の開示が義務付けられているのは、病歴や健康状態のみですが、多くの提供者がそれ以上の個人情報を公開している。
そのため、親がどのような人物かを知った上で提供者を選ぶことが可能だ。
ヴィンスさん夫妻は、子供たちに幼い頃から「精子提供で生まれたこと」を繰り返し伝え、提供者の情報が載っているファイルをいつでも見られる場所に保管している。

■法整備の重要性と未来への期待
日本における法整備の遅れは、提供者を選べない親や、出自を知りたい子供たちにとって大きな障壁となっている。
ことし2月には、超党派の議員連盟が初めて法案が提出された。
法案では、「提供者の情報を国が100年間保存し、子供が成人後に希望すれば開示される」といった内容にとどまっている。
加藤秀明さん:(提供者が)どんな人が知りたい。どんな人生を送ってきたか話したい。
提供者の個人情報開示に関する現状に対する不満を表明している。
法律の制定が進む中で、多くの人々が「子供の権利、知る権利」を守るために、さらなる法整備が必要であると考えている。

■日本とカナダの制度を解説
日本ではことし2月に特定生殖補助医療に関する法案を初めて提出した。
提供者の個人情報の開示義務は、身長・年齢・血液型など(子供が成人した後に開示)、名前などは提供者が同意した場合のみ開示される。
提供者はほぼ匿名のため、提供者を選ぶことはできず、治療の対象は法律婚のみだ。
一方、カナダでは2004年に法律が制定されている。
カナダでは提供者を選ぶことができ、病歴や健康状態の開示義務があります。また、写真や名前を公開しているケースが多いということだ。
治療対象は法律婚・事実婚・同性婚など日本に比べて広い。
日本で生殖補助医療を使う多くの方は同性婚の方で、そういった方が排除されてしまうことも課題。

■日本とカナダの「子供の権利に対する考え方」の違い
この問題を取材した関西テレビの加藤さゆり報道デスクは、日本とカナダの「子供の権利に対する考え方」の違いについて解説した。
関西テレビ・加藤さゆり報道デスク:法制化の動きは、第一歩ではあるんだけれども、時代に逆行していないかなとすごく不安に思いました。
日本では提供者の情報がありませんから、子供に非常に限られた情報しか伝えることができない。カナダは親が提供者を選べる状況になっています。身元の特定まではしないけど、どういった人柄かというところまで、親もちゃんと知っている状況で子育てができるところがずいぶん違うなということですね。
日本ではなぜ匿名なのか?
関西テレビ・加藤さゆり報道デスク:まず、匿名でないと提供者が集まらないから。提供者が将来的なことを考え、トラブルを恐れるため、匿名にしている。次に、『親が子供に説明をしなくていいから』という考えも根強く、不妊治療が恥ずかしい、やましいという考えが日本にはまだ残っています。
日本とカナダの大きな違いは、子供の権利に対する考え方が違うと思います。 カナダは生まれた時から子供に権利がある。日本はまだまだ保護者がいて子供は親の所有物みたいな考え方が根強い。その考え方を変えていかないと出自に関しては、明らかになっていかないんじゃないかなと思います。
(関西テレビ「newsランナー」 2025年5月6日放送)
