地下鉄サリン事件から2025年3月20日で30年を迎えたが、事件は社会の中で風化しつつあり、被害者支援団体は活動を終える決断を下した。しかし、オウムの後継団体「アレフ」は“事件を知らない若者”への勧誘活動を継続していて、支援者らは「事件は終わっていない」と警鐘を鳴らしている。

■「何が起きているんだ…」“野戦病院”となっていた現場で

1995年3月20日、午前9時頃。当時、東海ラジオの東京支社に勤めていた安蒜キャスター(当時29)は、地下鉄に乗って会社の最寄り「霞が関」駅へと向かっていた。

安蒜豊三キャスター:
「霞が関駅は通過する」というアナウンスがあって、淡々と「ガス爆発が起きた模様です」という旨のアナウンスのみだった。

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起きていたのは、「ガス爆発」ではなかった。安蒜キャスターが乗った電車の1時間ほど前の午前8時頃、地下鉄千代田線など3つの路線で、化学兵器「サリン」が散布された。

死者14人、負傷者6300人以上、日本の戦後史上初めての“無差別化学テロ”だった。

実行したのは「オウム真理教」で、首都・東京の中心で起きた事件に、社会は震撼した。

安蒜キャスターは事件当日、千代田区にあった日比谷病院を取材した。

午前10時頃には、原因がサリンだともわからず、“野戦病院”状態だった現場の記憶がある。

安蒜豊三キャスター:
待合室に飛び込みました。腕章だけつけて。ベンチにたくさんの人が腰かけて、床に座り込んでる人もいました。「目がチカチカする」「視野が狭くなっている」「とにかく暗い」「胸が痛い」「呼吸が苦しい」と。何が起きてるんですか?ってマイクを向けたんですが、「それはこっちもさっぱりわかりません。教えてほしいくらいだ」と。サリンの“サの字”もありませんでした。

30年が経ち、日比谷病院は、別のビルに建て替わっていた。

街の人に話を聞いても、この場所に病院があったことを知る人もおらず、事件への関心も薄まっているようだった。

Qここに3階建ての日比谷病院があったらしいが…
男性A:
それは初耳でした。

Qオウム事件に関心はありますか?
男性B:
あんまりないっすね。

東京で、事件の記憶の風化が進んでいる。

■延べ2732人の被害者を支援してきたNPO法人が“解散”を決断

地下鉄サリン事件の被害者を支援してきたNPO法人「リカバリー・サポート・センター」の事務局長・山城洋子(やましろ・ようこ 76)さんは、医師などと連携して、後遺症に苦しむ被害者に無料の定期健診や心のケア、被害者同士の交流支援などを行ってきた。

4段ある引き出しにギッシリと詰まっているのは、サリン被害者の検診資料だ。受診した人の数は、延べ2732人にのぼる。

リカバリー・サポート・センターの山城洋子さん:
その人の筆跡で“ちょっと体調悪いんじゃないか”とかわかるんですね。仕事を失った方は多いです。結局、不具合がとれなくて。

“目が疲れやすい”と答える人の割合はこの20数年でほとんど変わらないなど、サリン被害者の多くが訴えるのが眼の症状だ。

一方で、センターが行ったアンケートを医師が分析したところ、男女ともに、今もおよそ4人に1人が何らかの“PTSD”の症状を示すなど、被害者の心にも依然としてサリンが影を落としていることが明らかになっている。

山城さんが保管している被害者の手記にも、「“うつるから近づくな”と言われた」「事件のことはずっと話さないようにしていた」「人に言わないように、と言われた」と書かれていた。

リカバリー・サポート・センターの山城洋子さん:
しばらくすると“自分が被害に遭ったことは言わないようにしよう”、とか。手記にも入ってますけどね。

2022年には、“事件を次世代に伝えるため”と決意した被害者5人が、顔出しで体験を語るイベントも開催した。

その動画をYouTubeで公開するなど、リカバリー・サポート・センターは、風化に抗ってきた。

しかし、事件から30年となる2025年、“解散”の決断をする。

リカバリー・サポート・センターの“解散”、という現実。検診を受ける人の数がこの20年で8分の1ほどに減ったことや経済的な理由、それにスタッフや医師の高齢化も、背景にあるという。

安蒜豊三キャスター:
30年経ってこちらも解散となるわけですけど、“風化”っていうのは世の中全体として感じますか?

リカバリー・サポート・センターの山城洋子さん:
風化は1人1人だけじゃなくって取り巻く社会ですよね。あとメディアですよね。

安蒜豊三キャスター:
自分だってそうなってたかもしれないのに。それをずっと僕も30年思い続けていながら、“危なかったね”で終わっていた。

リカバリー・サポート・センターの山城洋子さん:
やっぱり“当事者じゃない”っていうことですよね。あんなに大事件でもやはり自分自身に起きていないってことはやっぱり“他人ごと”になってしまう。それは本当に残念なことですね。

風化し、だんだんと“ひとごと”になっていく事件の記憶。

■“大人しい”ように見えるが…中部公安調査局が断言「活発に活動をしている」

事件を引き起こしたオウム真理教は、その後、3つの後継団体に姿を変え、活発に活動してきた。

2015年、名古屋市中区にあるアレフの道場を取材した時には、窓に松本元死刑囚の写真が貼り付けられていた。

しかし、2024年夏頃から人の出入りはめっきり減り、現在は一見、大人しい様子だ。

2025年3月に再び訪ねたが、返答はなかった。

それでも、中部公安調査局の幹部は、こう断言する。

中部公安調査局・調査第一部の藤井啓之部長:
依然として麻原彰晃こと松本智津夫(松本元死刑囚)の絶対的影響力のもとに、活発に活動をしている。

■事件を知らない世代が狙われる…公安庁は事件の特集サイトを開設

公安調査庁は2025年2月、「オウム真理教問題デジタルアーカイブ」を開設した。

教団が引き起こした一連の事件を、当時の動画や音声、写真などで特集している。

事件から30年。このサイトを立ち上げた背景に、“事件を知らない世代が狙われている”ことがあるという。

中部公安調査局 調査第一部の藤井啓之部長:
アレフに関しましては、特に近年、オウム真理教を知らない30歳以下の若い世代を対象にして、勧誘活動を行っている。

アレフは近年、スポーツや趣味のサークル仲間を募るネットの掲示板などで、正体を隠して若者に接触する。

人間関係を構築したあとでアレフであると明かし、入会書にサインをさせる手口をとっているという。

■アレフに入信した子を持つ親「今だからこそ、改めて、事件を忘れない」

岐阜を拠点に30年間、オウム・アレフ信者の脱会を支援してきた林久義(はやし・ひさよし 65)さんは、オウムからアレフになっても、“その勧誘の実態は変わっていない”と指摘する。

林久義さん:
(近年は)コロナ禍もあって人と接することが厳しくなった社会の中で生きている若者をターゲットとして、サリン事件、国家転覆テロには失敗したが、事件以前からオウムの内部で持ってきたマインドコントロールの技法はいまだに生きていて、若い人たちを勧誘していっている。

公安審査委員会は3月21日、アレフ名古屋道場を“一部使用禁止”とした。

団体規制法に基づく資産などの報告義務を果たしておらず、“危険性の把握が困難”として、5回目となる「再発防止処分」を課している。

地下鉄サリン事件から30年、「オウム」の問題は今もなお続いている。

事件以降に子供がアレフに入信し、出家したまま帰ってこないという親が、手記を寄せた。

手記の内容:
ヨガサークルの偽装勧誘で、入会、出家すると言い、私たち家族が気がついた時は、マインドコントロールされてから。今もあんな(松本元死刑囚が出演していた)テレビ番組を勧誘者に見せ、アレフを正当化しています。オウム事件は、麻原やマインドコントロールされた信者が死刑になり、終わった事ではないのです。地下鉄サリンから30年、破壊的カルトとは何か?アレフの存在を社会全体でもう一度考えたいです。今だからこそ、改めて、事件を忘れない。

(東海テレビ)

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