沖縄県那覇市のソフトウェア会社でパソコンのキーボードを叩く音が響く。NECビジネスインテリジェンスに勤める中嶋琢(たく)さん(51)の日常だ。
中嶋さんは一見すると普通のオフィスワーカーだが彼の耳には周囲には聞こえない音声が流れている。視覚障害がありながら企業の一員として働き続ける中嶋さんが目指す社会の形とは。

20代で視覚障害 当事者になって気づいたこと
中嶋さんが視覚障害者となったのは20代になってからのことだ。
生まれつき網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう)という難病があったが中学生になるまで病気のことを知らされていなかった。当時は目が見づらいだけとの認識で通常の生活を送っていた。
医師からは「いつか見えなくなる」と告げられていたが、家族や子どもたちとバイクやアウトドアなどの趣味を楽しむ日々を過ごしていた。

現在も視野の1%程度は残っている。身近な視覚障害者からのアドバイスを受けて障害者手帳を取得。2018年からは盲導犬と共に生活している。

中嶋さん自身も以前は「バイアス(先入観)を持っていた」と話す。盲導犬のことも全く知らなくて見えない人の犬だから触っても大丈夫だろうと触ったこともあった。「自分がユーザーになって初めてダメな事だとわかった」と振り返る。
テクノロジーが開く新たな扉
2025年2月11日、那覇市で開催された視覚障害者向けのスマートフォン活用講座。

講師を務めたのは「沖縄視覚障害者サポートセンター」のメンバーだ。彼らも視覚障害者である。
スマートフォンの進化は視覚障害者にとって“目の代わり”となるさまざまな機能を提供している。メールの文字読み上げ機能やカメラで撮影した風景を言葉で説明してくれるアプリの使い方など、目で見ることができない人々のための便利な機能について丁寧に説明する。
中嶋さんも講師の一人として参加者に説明する。「目の見える人は文字を見て読むことができますが私たちはそれができない、あるいは難しい。だからこそ新機能を使って自立し自分で情報を得て生活の質を向上させていくことが大切なのです」

この日の講座には視覚障害者や市町村の福祉関係者など約30人が参加し社会とつながるためのツールの使い方を学んだ。スマートフォンやパソコンが使えることでSNSを活用した交流の輪も広がる。
目が見えなくなったことで生じるさまざまな困りごとについても、適切な相談先を一緒に考えてくれるサポートセンターの存在は多くの視覚障害者にとって心強い味方になっている。
職場での理解と挑戦
NECビジネスインテリジェンスの那覇オフィス。中嶋さんは社内向けの企画立案や人事関係の事務手続きなどを担当している。
彼のパソコンには特別なソフトが導入されていて、入力した文字がリアルタイムで読み上げられる。全国にグループを持つ同社だがこの職場で視覚障害者の就労は中嶋さんが初めてだった。

國吉真也マネージャーは「任せられる作業には制限があるかもしれませんが、事前に本人と話し合って仕事内容を決めています。ひとりの人材としてなるべく長く一緒に働きたいと思っています」と話す。

中嶋さん自身も「目が見えなくなったら仕事なんてできないんじゃないか」と思っていた時期があった。しかし「何ができるか」「何が効率悪いのか」を職場の人々に伝え、自分の得意分野を職場に理解してもらい業務に向き合う事で継続的に働ける環境を整えてきた。
同僚の島袋剛誌主任とはランチに行くことも多く、辛い料理を一緒に楽しんだり以前バイクに乗っていた頃の思い出を語り合ったりしながら互いに励ましあい日々の業務に取り組む。
「障害のある人を遠い存在と感じるのではなく、自分から話しかけて理解することが大切」と島袋さんは語る。

共に生きる社会へ向けた挑戦 互いの価値を認め合う
視覚障害者として生活するようになってから中嶋さんはさまざまな「社会的バリア」の存在に気づくようになった。
盲導犬を連れていることによる入店拒否や乗車拒否の経験を経て「人権をきちんと伝え、これから見えなくなっていく人、すでに見えない人を守っていく必要があります。それは自分自身を守ることでもあるのです」と考えるようになった。自分の権利を主張することの大切さを実感している。
厚生労働省が推進する「ダイバーシティ&インクルージョン(多様な人を受け入れること)」には目指す方向性が掲げられている。考え方—年齢や性別、国籍、学歴、特性、趣味嗜好(しこう)、宗教などにとらわれず多種多様な人材がお互いを認め合い能力を最大限発揮できる社会づくり。

中嶋さんはこの理念を体現するように会社での啓発活動や障害を持つ仲間たちへの支援を続けている。
「辞めてしまうと企業から視覚障害者はいなくなってしまう。でも、そこに居続け声を上げ続けることで存在しているからこそ多様性の中に受け入れてもらえる。そのことを意識してもらえる」。最も伝えたいメッセージは「会社に在籍しているだけであなたには価値がある」というシンプルなものだ。

仲間として働く力として互いの存在を認め合い価値を見いだすこと。それが誰もが前向きに働ける力強い社会を作り出す第一歩となる。中嶋さんは障害の有無にかかわらず私たち一人ひとりの可能性を広げる道標となっている。
(沖縄テレビ)