2025年4月16日(日本時間17日)、日米両政府はトランプ政権の関税措置を巡る協議を開催した。日本の赤沢亮正経済再生担当相はホワイトハウスでドナルド・トランプ大統領と会談し、その後、ベッセント財務長官ら米国側閣僚と閣僚協議を行った。

この会談でトランプ大統領は、「日本が最優先だ」と述べ、多くの国との交渉を抱える中で日本との早期合意を目指す意向を示した。この発言の背景には、米国にとっての日本の戦略的重要性、経済的関係の深さ、そしてトランプ政権特有の交渉戦略がある。

本稿では、なぜ日本がトランプ政権の最優先対象となったのか、その理由を安全保障、経済、外交戦略の観点から詳細に分析する。

中国への対抗姿勢強まる中…日本は米国の最重要同盟国

米国にとって日本は、アジア太平洋地域における安全保障の要である。
特に、中国の軍事的・経済的台頭が続く中、米国は中国に対する優位性を確保するために、日本との同盟関係を一層強化する必要がある。

日米安全保障条約に基づく同盟は、米国のアジア戦略の基盤であり、在日米軍基地は地域の安定と抑止力の中心的な役割を果たしている。

中国との対抗姿勢を鮮明にするトランプ政権
中国との対抗姿勢を鮮明にするトランプ政権
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トランプ政権は、前政権同様に中国との対抗姿勢を鮮明にしており、軍事・技術・経済・政治の各分野で中国を牽制する戦略を推進している。この文脈で、日本は米国にとって欠かせないパートナーである。

日本の地理的条件は、中国や北朝鮮の脅威に対抗する上で戦略的に重要であり、米軍の前方展開拠点として機能している。さらに、日本は米国と共同でミサイル防衛システムを開発・運用しており、技術的連携も深い。

トランプ政権は日米同盟の基盤を損なわないよう慎重に動く
トランプ政権は日米同盟の基盤を損なわないよう慎重に動く

トランプ大統領が日本を「最優先」と位置付けた背景には、こうした安全保障上の必要性が大きく影響している。仮に日米関係が関税問題で冷え込むと、同盟の信頼性が揺らぎ、地域の地政学的バランスに悪影響を及ぼす可能性がある。
トランプ政権は、関税交渉を進める一方で、日米同盟の基盤を損なわないよう慎重に動いている。このため、日本との早期合意を通じて、信頼関係を維持しつつ経済的利益を引き出す戦略を取っている。

世界最大の対米投資国である日本

経済面でも、日本は米国にとって極めて重要なパートナーである。
日本は5年連続で世界最大の対米投資国であり、米国の製造業や雇用創出に大きく貢献している。

例えば、トヨタやホンダなどの日本企業は、米国に大規模な生産拠点を設け、現地雇用を支えている。2023年のデータによると、日本の対米直接投資残高は約7000億ドルに上り、米国の経済成長に欠かせない存在となっている。

トランプ政権は日本の対米貿易黒字に不満を抱く
トランプ政権は日本の対米貿易黒字に不満を抱く

一方で、トランプ政権は日本の対米貿易黒字に不満を抱いている。2024年の日本の対米貿易黒字は約600億ドルで、自動車や電子機器などが主な品目である。トランプ大統領は、貿易不均衡を是正し、米国の製造業を復活させることを公約に掲げており、関税措置はそのための主要なツールである。

しかし、日本による対米投資の勢いが衰えることは、トランプ政権の目指す「アメリカ・ファースト」の経済政策にとってマイナスとなる。日本の投資は、米国の地方経済や雇用に直接的な恩恵をもたらしており、これを維持・拡大することは政権の利益に直結する。

日本と米国は経済的相互依存関係にある
日本と米国は経済的相互依存関係にある

このため、トランプ政権は日本に対して強硬な関税姿勢を示しつつも、投資拡大や市場アクセスの改善を引き出す形で交渉を進めている。日本が「最優先」である理由の一つは、こうした経済的相互依存関係にある。

早期に日本との合意を達成することで、米国は投資の継続を確保しつつ、貿易不均衡の是正に向けた具体的な成果を示せる。これは、トランプ大統領の支持基盤である製造業労働者や地方経済にとって、目に見える「勝利」となる。

日本との合意を他国交渉のモデルケースに

トランプ政権の関税政策は、単なる経済的措置にとどまらず、外交交渉の武器としての性格が強い。トランプ大統領は、関税を「脅し」のツールとして使い、相手国から最大限の譲歩や利益を引き出す手法を繰り返してきた。この戦略において、日本は現時点で最も交渉しやすい相手と見なされている。

その理由は、日本が米国との同盟関係を重視し、対立を避ける傾向にあるためだ。日本の経済は米国市場に大きく依存しており、関税の発動による影響は無視できない。
トランプ政権は、日本のこうした立場を理解しており、強気の交渉姿勢で譲歩を引き出しやすいと判断している。

日本との合意を他国交渉のテンプレートに適用できる
日本との合意を他国交渉のテンプレートに適用できる

さらに、日本との間で早期に合意を達成することで、他の国々との交渉におけるモデルケースを構築する狙いがある。例えば、日本との合意が相互関税の停止や市場アクセスの拡大につながれば、これをテンプレートとして、EUやカナダ、メキシコなど他の交渉相手に適用できる。

トランプ大統領は、自身の交渉手腕をアピールする機会を求めており、日本との「ディール」を成功させることで、国内外に成果を誇示したい狙いがある。この点で、日本が「最優先」であることは、トランプ政権の外交戦略の中心に位置付けられている。

日本側の対応と今後の展望とは

日本側も、トランプ政権の意図を十分に理解した上で交渉に臨んでいる。
赤沢経済再生担当相は、会談後の記者会見で、「日米の経済的パートナーシップをさらに強化する方向で協議を進めた」と述べ、協力姿勢を強調した。日本政府は、関税問題が日米同盟全体に悪影響を及ぼさないよう、慎重かつ戦略的に動いている。

日本の国益を守るバランスが求められる
日本の国益を守るバランスが求められる

今後の交渉では、自動車や農産品の市場アクセス、為替政策、投資拡大などが主要な議題となるだろう。日本は、関税回避のための譲歩を最小限に抑えつつ、米国との同盟関係強化を図る必要がある。
特に、トランプ政権が求める「目に見える成果」を提供しつつ、日本の国益を守るバランスが求められる。

一方で、トランプ政権の関税政策には不確定要素も多い。関税の発動は、米国内の消費者物価上昇やサプライチェーンの混乱を招くリスクがあり、政権内部でも意見が分かれている。
日本としては、こうした米国内の動向を見極めながら、柔軟に対応していく必要がある。

今後の日米関係を占う重要な一歩に

トランプ大統領が日本を「最優先」と位置付けた背景には、安全保障、経済、外交戦略の三つの要因が絡み合っている。米国にとって日本は、中国牽制の要となる同盟国であり、対米投資や貿易を通じて経済的利益をもたらすパートナーである。

トランプ流交渉術で日本は譲歩引き出しやすい相手か
トランプ流交渉術で日本は譲歩引き出しやすい相手か

さらに、トランプ流の交渉術において、日本は譲歩を引き出しやすく、モデルケースとして活用できる相手と見なされている可能性が高い。

日米両政府は、関税問題を同盟関係の枠組みの中で解決する道を模索している。
早期合意は、両国にとって経済的・外交的なメリットをもたらす可能性があるが、交渉の行方はトランプ政権の予測不可能性や国際経済の動向に左右されるだろう。日米関係の今後を占う上で、今回の協議は重要な一歩となる。

【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415