ロシアによるウクライナ侵攻から3年の歳月が流れた。
侵攻直前、ウクライナと欧州各国を結ぶフライトの運航停止が拡大していったが、安全保障やロシア情勢の専門家の多くは、侵攻によって被る政治経済的なダメージを考慮すれば、プーチン大統領が侵攻の決断を下すことはないという見方を示していた。

しかし、その期待は見事に裏切られ、ロシアは国際秩序に対する挑戦を始めることになった。
これまで、ロシアは総動員というような形でウクライナの戦場に大量の兵士を投入し、ウクライナ側は欧米からの支援を受ける形でロシアの侵攻拡大を抑えてきたが、今日でもロシアがウクライナ領土の5分の1あまりを実効支配する状況が続いている。
ロシアから撤退した企業は…
一方、ロシアによるウクライナ侵攻という出来事は、企業の経済活動にも多大な影響を与えてきた。
侵攻以降、欧米や日本などはロシアへの経済制裁を強化し、ロシアでビジネスを継続してきた外国企業の撤退が広がっていった。
欧米企業の間では、例えば、米国のマクドナルドは2022年3月、ロシア国内で展開する850あまりの店舗を一斉に閉鎖し、5月にロシアからの撤退を正式に表明した。

その後、現地の実業家が全店舗を買い取り、「フクースナ・イ・トーチカ(おいしい、それだけ)」という名のファーストフードチェーンが展開されている。
同様に、米国の石油大手エクソンモービルも2022年3月、ロシア極東サハリンにおける石油や天然ガスの開発事業サハリン1の操業停止とロシアでの新規投資停止を発表し、5月にはサハリン1から完全撤退することを明らかにした。

ケンタッキーフライドチキンを運営する米ファーストフード大手ヤム・ブランズも同年10月、ロシアでのケンタッキーフライドチキンの運営をロシアの会社に売却することで合意し、侵攻直後の3月からロシアでの事業を停止していたスウェーデンのアパレル大手H&Mも7月、事業継続が不可能と判断し、ロシアで展開してきた事業から完全に撤退する方針を発表した。
フランスのタイヤ大手であるミシュラン、大手食品会社ダノンなど他の欧米企業も相次いでロシアから撤退することを表明し、欧米企業による脱ロシアの動きが広がっていった。
日本企業も撤退
また、同じような動きは日本企業の間でも広がった。
例えば、トヨタ自動車は2022年9月、ロシアでの生産再開で見通しが立たないことから、第2の都市サンクトペテルブルクにある工場を閉鎖し、ロシア国内での生産から撤退することを発表した。その後、このトヨタの工場はロシア産業貿易省傘下にある「自動車・エンジン中央科学研究所」譲渡され、国有化された。

日産もその翌月、現地の子会社であるロシア日産自動車製造会社の全株式を自動車・エンジン中央科学研究所に1ユーロで譲渡し、ロシアからの撤退を明らかにした。同年11月には全株式の売却が終了し、日産のサンクトペテルブルク工場は自動車・エンジン中央科学研究所へ譲渡された後、2022年末からロシアの自動車大手アフトワズが同工場で生産を開始した。
マツダも同年11月、ロシアで手がける自動車大手ソラーズとの合弁会社の株式を同社に1ユーロで譲渡することを明らかにし、いすゞ自動車も2023年7月、同業他社に遅れる形でトラックの生産や販売などのロシア事業からの撤退を発表し、子会社の株式をソラーズに譲渡したと発表した。
ロシアでの事業再開の見込みは薄い
2024年2月に帝国データバンクが公表した統計によると、侵攻時にロシアに進出する日本の上場企業168社のうち、ロシアからの撤退、事業停止など脱ロシアの動きを示した企業は2年間で約半数に上った。

この数字が多いか少ないかについては様々な意見があろうが、国家による侵略という1つの行為によって多大な影響が企業に生じたというは間違いない。そして、ウクライナ侵攻から3年が経過する今日、これまでの状況から企業が認識するべきことは、ロシアにおける事業再開の見込みは長期的に考えられないということだ。

1月にトランプ大統領が就任したことによって、ウクライナ情勢は大きく動くことになろうが、トランプ大統領はロシアがウクライナ領土を実効支配する現状での終戦を目指しており、まずはプーチン大統領を最も有効な交渉相手と位置付けている。

米露が接近するような状況に欧州は警戒を強めており、ウクライナのゼレンスキー大統領は最近になってNATOとは別の欧州軍の発足に言及するなど、混乱や動揺が広がっている。

バイデン前大統領が言及したように、この戦争は民主主義と権威主義の衝突と位置付けられ、世界の分断をいっそう深刻化させるようになった出来事だ。どのような状況で軍事的応酬が終わることになったとしても政治的な分断は継続し、欧米や日本の企業によるロシア回帰というものは長期的に訪れないだろう。
台湾有事に置き換えると…
そして、企業はこの状況を台湾情勢に置き換えて考える必要があろう。
無論、次のウクライナが台湾と断言できないが、台湾をめぐる軍事的緊張が近年高まっているのは事実である。

そして、戦争によって企業活動に多大な影響が生じ、事業再開の見込みが長期的に考えにくいというシナリオは台湾にも当てはまろう。
台湾有事となれば、台湾に進出する、台湾と取引がある企業のビジネスはすぐに影響を受けることになり、それと同時に中国における企業活動も大きく制限されることになろう。

ウクライナと同様、台湾も民主主義と権威主義の衝突に位置付けられ、世界の分断をめぐる大きな問題であり、その影響は長期的なものになる。企業としては、ウクライナ戦争という行為による影響を冷静に受け止め、仮に台湾有事となれば同じようなことが生じる可能性を把握しておく必要がある。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】