米中対立が軍事や経済、サイバーや宇宙、人権や先端技術など様々なドメインで展開され、台湾情勢がその中核になる中、日本企業の間でも台湾に駐在員を派遣する、台湾を重要な取引先とする企業の間で有事への懸念が拡がっている。これは、筆者が台湾有事を含む国際情勢で日々企業向けのセミナー、コンサルティングを行っていて、強く感じるところだ。

中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)
中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)
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当然ながら、アフターコロナに伴って日本・台湾間のヒト、モノの行き来は再び活発になり、新たに台湾進出を強化しようという動きもあちらこちらからで見られ、今日緊張が高まる台湾情勢の中でも脱台湾(撤退や依存度低下など)を進める動きは見られない。企業にとって撤退という決断はそう簡単なものではなく、地政学リスクを過度に恐れる必要はない。

台湾の蔡英文総統
台湾の蔡英文総統

最近、経済安全保障という言葉が世論に浸透しているが、筆者は安全保障の経済への影響は必要最低限度に抑え、過度な介入によって純粋な経済活動を損ねてはならないと思う一方、企業側も安全保障情勢を的確に捉え、利益・被害を回避、最小限度に抑えるための危機管理は準備しておく必要があると考える。

中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)
中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)

上述のように、脱台湾を進めている企業は筆者周辺では見られないが、緊張が高まる台湾情勢への備えを検討し始める企業が増えている。企業によって懸念事項は様々で、有事に伴う日本の経済シーレーンへの影響、台湾情勢から波及する中国ビジネスへの影響などを心配する声が聞かれるが、やはり最も多いのは、何がきっかけで退避を検討するべきか(開始するべきか)、何がきっかけでサプライチェーンが混乱し始めるかという声だ。

中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)
中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)

これへの回答は一種の予想屋のようなもので、また有事といっても範囲が広く(台湾離島への侵攻と本島への侵攻では影響が違う)、現時点で正確な答えはない。

中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)
中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)

しかし、ウクライナ戦争などを参考に、政府機関やインフラ施設への大規模なサイバー攻撃、偽情報の流布、台湾離島の奪取、台湾海峡付近における中国軍の過剰な集中配置などが挙げられることが多い。実際、筆者もこういったケースを1つのトリガーとするべきと企業関係者に説明することがある。

中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)
中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(4月)

しかし、ウクライナと違い台湾は海に囲まれ、陸路で隣国に退避することはできず、上述したようなケースになれば唯一の安全な退避手段となる民間航空機はストップする可能性が高い。実際、昨年8月のペロシ前米下院議長が訪台して中国が対抗措置で軍事演習を行った際、韓国の大韓航空は8月5日と6日の仁川・台湾便の運航を停止、アシアナ航空は5日の台湾直行便の運航を停止した。

台湾・桃園空港
台湾・桃園空港

台湾には多くの防空壕が設置されており、それは邦人の安全を考えれば1つの安心材料となるが、駐在員が籠城の身になることは企業としては避けたいところだ。

よって、重要なのは上述のようなケースを1つのトリガーとして把握しておくだけでなく、台湾に関わる国際政治や安全保障の情勢変化を日頃から的確に捉えることだ。台湾への武力行使を辞さない構えを貫く習政権がウクライナ戦争から得た教訓の1つに、“どれくらいの国が欧米と足並みを揃えていないか”があると思う。

中国軍による台湾攻撃のシミュレーション
中国軍による台湾攻撃のシミュレーション

グローバルサウスなど諸外国との関係を必要とする中国としては、台湾への武力行使で多くの国が欧米に追随しないことを望んでいる。そして、今日、習政権はサウジアラビアとイランの国交回復で主導的役割を果たすなど、そういった戦略環境(台湾有事になっても多くの国が中国と距離を置かない)を率先して作ろうとしているように映る。中国は台湾有事になっても政治経済的なダメージを最小化できるよう、今日あらゆる策を"検討しているのかも知れない。

サウジのアイバン国務相兼国家安全保障顧問、中国の王毅政治局委員、イランのシャムハニ国家安全保障最高評議会書記(北京・3月10日)
サウジのアイバン国務相兼国家安全保障顧問、中国の王毅政治局委員、イランのシャムハニ国家安全保障最高評議会書記(北京・3月10日)

また、中国はあいまい戦略を貫く米国の意図と能力も監視している。特に、能力面を注視し、米中の経済力と軍事力が拮抗し続ける中、いつになったら軍事バランスで中国優勢の環境が台湾周辺に到来するかを待っている。そのような意味で、台湾が欧米と密になり、日本と米国が統合抑止を進め、最近では欧州がインド太平洋重視の姿勢を鮮明化することなどは、中国にとって厄介な事情となろう。

G7の中国包囲網に対抗する「中国・中央アジアサミット」を開催した習近平主席
G7の中国包囲網に対抗する「中国・中央アジアサミット」を開催した習近平主席

さらに、経済安全保障の視点で、2017年に台湾の中国への直接投資総額は日本円で約1兆2000億円だったが、2022年には2300億円あまりにまで減少し、減少率は80%を超えたことがメディアで報じられた。これは1つの経済デカップリングと言えるかも知れないが、台湾企業の中国への懸念の声の表れである。

企業としてはこういった地政学的、経済安全保障的な動向も把握し、台湾情勢の行方を追っていく必要がある。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415