困窮家庭から大学進学を目指す受験生は、受験料や入学後の学費、生活費など経済的な不安を抱えている。中でも受験のための塾や予備校が少ない地域では、いっそう厳しい状況に置かれるケースが多い。
これをうけ、子どもの貧困問題に取り組む認定NPO法人キッズドアでは、神戸市に受験生を支援する新たな学びの場をつくった。
困窮家庭の受験生が抱える経済的困難とは
「私の兄は、県で1番の高校に通い、東大を目指していましたが、浪人ができず就職しました」
これはキッズドアに寄せられた、ある困窮家庭の高校三年生の言葉だ。
困窮家庭の高校生・既卒生は難関国公立大学や私立大学を目指しても、経済的な理由で塾や予備校に行けないため、受験対策が十分にできない。また、受験にかかる交通費や受験料の負担を抑えるため、受験校を絞らざるを得ず、入学後も学費や生活費への経済的不安など様々な課題を抱えている。

「困窮家庭の子どもたちの現状はますます厳しくなっている」と、キッズドア理事長の渡辺由美子氏はいう。
「コロナの頃、シングルマザーや経済的に困窮している家庭では『コロナが終われば何とかなる』と気力を振り絞っていましたが、物価が高騰して絶望感にかわりました。賃上げのニュースが流れていますが、私たちのアンケートでは困窮家庭の約4分の3が、給料は全く上がらないと答えています」
困窮受験生にさらに追い打ちをかける地域格差
キッズドアのアンケート調査によると、困窮家庭の約9割が「家庭の経済状況が子どもの大学受験や進路選択に影響していると思う」と答えている。
また、それに追い打ちをかけるのが地域格差だ。首都圏では塾や予備校へのアクセスがよく、進路指導や受験対策が充実しているのに比べ、地方では塾や予備校の数が限られている。
さらに、受験は「いかにお金をかけていい情報を集められるか、いくつ受験校を併願できるかという『情報と課金のゲーム』のようになっている」(渡辺氏)。
たとえば、東京大学生の親の年収は1千万円以上が4割を超え、首都圏の出身者が約6割を占めているのが現状だ。
難関校目指す困窮受験生を支援する学習塾
こうした状況を受け、キッズドアでは今年1月関西で初めての拠点となるキッズドア下村龍馬塾を神戸市垂水区に創設した。この学習塾では勉強スペースの提供に加えて、受験生に対して教材や模試代の支援、受験料や受験にかかる費用の支援など経済的支援を行うほか、学習サポートや受験相談など進路サポートも行っている。
この学習塾で特徴的なのは、難関大学を目指す受験生が対象なことだ。支援を受けるのは、国立大では東京大、京都大、東京科学大など17校、私立では早稲田大、慶應大、同志社大など6校を第一志望とする生徒となっている。

その狙いを渡辺氏はこう語る。
「非常に勉強していても、サポートがないためうまくいかないお子さんがいます。例えば模試が自由に受けられず、必要な参考書が買えないから、学校の教科書と副読本で勉強しながら東大を目指すお子さんもいました。東京ではメディカルコースという医学部を目指す子どものための学習会をやっていて、実際に国立大学医学部に合格したお子さんがいました。ぜひ難関校を目指す困窮家庭の子どもも応援したいという思いがあったんです」
受験生支援に乗り出した高齢資産家の思い
ではなぜこれまでの拠点であった東京ではなく、神戸で始めたのか。それにはある高齢の個人資産家の思いがあった。
介護事業を展開する株式会社チャーム・ケア・コーポレーションの創設者で会長の下村隆彦氏(81)は、個人資産をこの塾の開設・運営のために寄付した。下村龍馬塾の名前は、高知県出身の下村氏が尊敬する坂本龍馬の名前にちなんでつけられたものだ。
下村氏は祖父から家業の建設会社を継いで、60歳になったのを機に介護事業に進出。さらに不動産事業やAI分野への資本提携など幅広い事業を展開している。
そして人生の次のステージとして、いま取り組んでいるのが個人としての社会貢献活動だ。下村氏は、困窮家庭の子どもたちの居場所づくりやこども食堂を支援している際、渡辺氏と出会った。

そこで、なぜ受験生の支援に乗り出したか聞くと、下村氏は「私はサプライズが好きなんです」と笑った。
「東大に特化した学習塾を立ち上げて、東大合格にはハードルが高そうな子どもたちに合格してもらって、サプライズにしたいと思ったのです。そのとき渡辺さんとご縁ができて、それでは難関校にチャレンジする受験生を応援しようということになりました」
「日本は寄付に対する制度を変える必要がある」
下村龍馬塾は下村氏が会長を務めるチャーム・ケア・コーポレーションの施設の一部を利用しており、運営は下村氏の個人資産の寄付で賄われている。日本では個人の金融資産のうち、60歳以上の高齢者が6割を占めている。
しかし、高齢者に資産の移転を促す制度やインセンティブは十分ではない。下村さんは「日本では寄付に対する制度を変える必要があります。寄付したら税金を全額控除とでもしないと、資産は動きません」と断言する。
渡辺氏も「企業や民間に、もっと子どもの支援に入ってほしいと思う」と語る。
「本来国がやるべきことですが、財政が厳しい中できないものを私たちNPOがやっています。企業や民間の方々には、危機にある子どもを支えるために協力してもらいたいですし、国は企業や民間が取り組みやすいように税制を整えて頂きたいです」
企業とNPOが共に社会課題に取り組む
経済同友会では、子どもの貧困対策をはじめとした社会課題に関する寄付を促進するため、寄付文化の醸成や企業版ふるさと納税の企業側の利用を促進するための施策などを提言している。経済同友会副代表幹事の高島宏平氏は、「国や行政の公助だけでは社会課題の解決は難しい」と語る。
「企業、NPOなどのソーシャルセクター、そして行政が協働して社会課題に取り組む共助が必要です。同友会では、企業とソーシャルセクターとの交流マッチングを進めることで、人材やノウハウの循環を目指しています。企業とソーシャルセクターが、お互いの境界線を越えることで、課題解決に向けた活動が活発になることを進めていきたいです」

高島氏が代表取締役社長を務めるオイシックス・ラ・大地株式会社では、多くの食品企業に食品物資を提供してもらい、困窮するひとり親世帯に食品を届けるフードバンク・プラットフォーム「WeSupport Family」を運営している。
キッズドア下村龍馬塾はいま、登録生徒数が14人(2024年12月末現在)。2025年4月には東京の西新宿、その後 神戸でさらに1ヶ所展開し、100人まで増やす予定だ。
子ども支援のために、NPOと高齢資産家がタッグを組む。
キッズドア下村龍馬塾をロールモデルとして、今後企業や高齢資産家が困窮家庭の子どもたちに資産を移転できるかは寄付文化の醸成と国の制度改革にかかっている。
(フジテレビ解説委員 鈴木款)