石川県の輪島市や珠洲市に甚大な被害をもたらした奥能登豪雨。住民に取材すると避難の遅れにつながったと思われる状況が浮かびあがった。
防災無線の音をかき消した大雨
「これまでに経験したことのないような大雨となっています」気象庁の担当者は9月21日、能登半島地震の被災地を襲った記録的な大雨に繰り返し警戒を呼び掛けていた。川の氾濫や土砂災害で15人が亡くなり、1800棟あまりの住宅が浸水などの被害を受けた。このうち住宅4棟が流された輪島市の塚田川流域では、中学生を含む4人が犠牲となった。
この記事の画像(7枚)当時の状況を取材すると、住民からはこんな声が聞かれた。「2階からみたら川の水が溢れていたんです。一人でおって怖いなと思って、あんなの生まれて初めて見たので」防災無線の音は聞こえたのか聞くと「全然聞こえなくって、雨の音とかそんなんで」と答えた。21日午前9時前の塚田川流域の映像には、川が氾濫し、住宅を飲み込んでいる様子が映っている。輪島市ではこのとき観測史上最大となる1時間に121㎜の雨が降っていた。「ちょっと見たらもう向こうの方が水でいっぱいになっていて、気付くのが遅かったんで。逃げるにも逃げられなくて。無線は気付かなかったと思うんですけど、無線って鳴ってたのかな」
「何も聞こえなかった」
防災行政無線が聞こえなかったという声は輪島市の中心部を流れる河原田川の流域でも聞かれた。和光幼稚園の園長は「携帯のアプリで川の水位がレベル5になりましたという情報が入ってきて、その流域でレベル5になったので子どもらを避難させますということで、子どもたちが2階にあがって避難をしたということですね。子どもたちと職員と一緒に。情報はそのアプリだけですね」市役所の無線やスピーカーは「何も聞こえなかった」という。
「こちらは輪島消防署です。現在、洪水警報が発表されています」屋外のスピーカーなどを通して自治体が住民に直接避難情報や災害に関する情報を伝える、防災行政無線。輪島市が防災無線を使って避難指示を呼びかけたのは午前7時20分過ぎ。その後も土砂災害に対する注意や高台への避難などを防災無線で何度も呼びかけていた。
しかし、川沿いに住む市民10人に聞いたところ、避難指示を受けて避難したのはわずか1人。そのほかの人たちは気づいた時には水が迫っていて、避難所に行くことを諦めたと話した。こうした事態に備え、市はある対策をしていた。「この機械って防災無線と一緒のやつが鳴るんですよ」町野町金蔵に住む山下さん。自宅には防災無線と連動した音声端末があります。これは地元のケーブルテレビに加入している世帯を対象に無料で市が貸し出すもので防災無線と同じ情報を
後で再生することもできる。ところが…。「うちのメンバーとやり取りしているラインでもう9時36分の時点で金蔵は停電ですと送ってるんですよ。停電が多分9時半ごろ。停電した瞬間はまだスマホは使えてたけど、もう10時前には圏外になって使えなくなった」
地域主体の取り組みも間に合わず
金蔵では午前9時半ごろに停電が発生し音声端末は再生できなくなった。その後、スマートフォンの電波も途絶え情報は何も入ってこなくなったという。自警団の一員でもある山下さんはパトロールのために外へ。そこで目にしたのは農業用のため池から水があふれている様子だった。「あれが昔の小学校なんですけど、その前あたりから道路が濁った水で一面バーッとなってて、
なんだろうなと上がってきたときにここの池が決壊しているというような」このため池は集会所のすぐそばにあったため、山下さんは集会所を避難所とすることは諦め、高台にある県道に車を並べて避難するよう住民に呼びかけたという。「この軽トラで聞いてたのはラジオのみ。情報があのスピーカーから流れたのかはわかんない。少なくとも聞いた記憶はない」
さらに集落は豪雨による土砂崩れで道路が塞がれ一時孤立。山下さんが集落の外に出て、状況を把握することができたのは翌日だった。集落の区長を務める井池さん。「金蔵集会所をそこにみんなが集まって情報が得られるようなそういう環境にしてもらえませんかと長くお願いしています。だけど叶わない」孤立対策として衛星電話やスターリンク、発電機などを集会所に整備するよう市に求めていますが予算面を理由になかなか応じてもらえないという。「私の集落だけがそうすると隣もなるでしょと、そういう論法ですよね」
非常時に役立つのは普段からの備え
地域防災の専門家に、今回の市の対応について聞いた。富山大学の井ノ口宗成准教授は「雨が降って、危なくなって避難指示が出るんですけども、そうすると雨はもう降ってるので音はかき消されるようなのが普通の状態、よくあることです。明け方の朝の4時とか5時とか6時とか、その段階でまず非常に危ないよというのを伝えておかなきゃいけなかったんじゃないかなと」震災を受け普段より災害リスクが高まっていたため、雨が本格的に降り始める前に強い口調で危険を伝えるべきだったと話す。
今回輪島市は午前7時20分ごろから防災無線のほか、防災メールや市の公式LINEなどを活用して避難を呼びかけてきたが、結果としてこの雨で10人が亡くなった。また井ノ口准教授は被害を減らすには住民の協力も必要だと指摘する。「なかなか行政の避難情報というのは遅れがちというのが現状としてありますので。各自が必要な情報というのが何か、どこを見ればそれが得られるか、こういう状態だからリスクを避けるためにも早めに逃げようという風なアクションを起こしていただいた方が、確実な避難につながるのかなと思います」
今回の対応について輪島市は石川テレビの取材に対し「最大限の努力はしているが限界もある」とし、自分自身の安全は自分で守るという自助の考えも持ってほしいと答えている。そのうえで今後の対策として、できる限り公式LINEやメールマガジンの登録を増やし、周知を徹底していくとしている。また小松市では、家の中で防災無線を聞くことができる戸別受信機を貸出しています。電源は乾電池を使用するため停電に強く、雨の音で聞こえないということもない。突発的な災害に対しては、必要な情報を得る手段についても何重もの備えをしておくことが重要だと言えそうだ。
(石川テレビ)