回転寿司のチェーン店に押されたり、後継ぎがいないなどの理由で“街のお寿司屋さん” が減っている。そんな中で老舗の4代目が“副業寿司職人”の育成を始めた。長期間の修業が必要とされる寿司職人だが、副業として稼ぎながら修業もできれば希望者が増えると考えたからだ。
“街の寿司店”が3分の1に減少
この記事の画像(12枚)下田の地で88年続く老舗・美松。
慣れた手つきで魚をさばいているのが、この店の4代目・植松隆二さん(33)だ。
高校卒業後に東京で10年修行を積んだ植松さんは2021年、父の後を継ぐため生まれ故郷に戻ってきた。
しかし、少子高齢化に伴い人口減少が止まらない下田市ではチェーン店を除く寿司店の数がピーク時には18店あったものの、現在は6店と3分の1に減少。植松さんは「後継ぎがいなくて廃業してしまう店舗が多い」と打ち明ける。
下田市では寿司職人も高齢化していて、美松でも33歳の植松さんが最も若く、次に若いのが父で3代目の幹男さん(64)というのが現実だ。
美松の4代目・植松隆二さん:
「本業で寿司職人を10年修業します」という人は、なかなか田舎に来ないと思っている。やはり(都会の)有名店に修業に行ったり、できる人たちは海外に行って収入をあげたりする流れが今できている
ケータリングサービスで握り体験
このままでは下田から寿司文化が消えてしまうのではないか。そこで2021年頃から始めたのが客先に出向いて寿司を握るケータリングサービスだ。
このサービスでは寿司のおいしさを知ってもらうと同時に、寿司という文化を楽しんでもらうことも目的としているため、植松さんが握った寿司を食べるだけでなく寿司の握りを体験することができる。
植松さんは「シャリをとる、ネタをとる、人差し指でワサビをとる、つける、のせる。口の中でほぐれやすくするためにはどうしているかというと…」「並べ方もセンスが出るので、同じ色で揃えたり、交互にしたり…」と職人のコツを伝授する。
参加者は「楽しい。結構 難しい、思ったような形にならない」「思ったよりも繊細さが要求されて、見ているよりもすごく大変だった。でも、作った時の達成感がすごくあり、またやりたいと思った」と楽しんだ様子だ。
稼いで修業もできる“副業寿司職人”
握りの体験が反響を呼ぶ中、植松さんはある考えに至る。それが副業として寿司を握る職人の育成だ。
美松の4代目・植松隆二さん:
寿司職人といっても一流の寿司だけがすべてではないと思っている。回転寿司があって、うちのような町寿司の店があって、高級店のような店もある。その中でどこで働く人も“寿司職人”と呼んでいいのではないかと思っているので、もう少し“寿司職人”という枠を広げ、より寿司に興味を持ってもらう人を増やしたい
この日、下田市にできた宿泊施設のオープニングイベントで寿司を握っていたのは、若い女性3人だ。いずれも別の職業を本業とし、植松さんから握りの手ほどきを受けている。
植松さんは来場者に、「3人とも副業寿司職人で、2人はきょうが初めて。本業の仕事をしながら何かできないかということで、寿司体験の延長で『より握りたい、もっと上手になりたい』という人たちです。きょうのイベントが(皆さんが)副業寿司職人を応援するきっかけになってくれれば」と彼女たちを紹介。
“副業寿司職人”の女性たちは「普通に修業するとすごく時間もかかるし大変だと思うので、すごくいい機会だと思い参加した」「私は(寿司は以前)1回だけ握って、その1回で200貫くらい握らせてもらった」と話す。
“副業寿司職人”の握りを食べた来場者は「シャリも小さくてネタとのバランスがすごく良かった。とてもおいしい」「正直に言って、寿司の形はちょっと崩れていたが、(味は)まあまあいける。回転寿司のチェーン店より心がこもっていていいのでは」とほめる。
立ち食い寿司店で副業寿司職人育成
また、植松さんは副業として寿司職人を目指す人たちの実践の場として立ち食い寿司店を計画し、2024年11月に「寿しらぼ三〇二(みまつ)」をオープンさせた。自らの店を持たなくても副収入を得ながら技術を上達させる場にすることを目指している。
美松の4代目・植松隆二さん:
「新しいことがここで始まるだ」という気持ち。楽しみです
この日は東京都の大学院生や、神奈川県に住むビールメーカー営業マンが寿司を握り、来店客は「雰囲気も楽しくて元気があって、おいしくいただいています」と満足している様子だった。価格は1貫300円(期間限定)で週末に営業する予定となっている。
「飯炊き3年・握り8年」といわれる寿司職人の世界で植松さんの取り組みが業界に新風を巻き起こすのか。
その挑戦は始まったばかりだ。
(テレビ静岡)