けがで戦力外通告を受けた元プロ野球投手が、再びNPBのマウンドを目指してリハビリに励んでいる。その原動力は「後悔しない」野球人生を送りたいという思い。故郷から再起をかける地道な戦いに密着した。
元千葉ロッテ選手が「もう一度プロに」
愛媛・宇和島市出身で、千葉ロッテマリーンズの投手だった土居豪人さん(24)は、再びプロのマウンドに上がることを決意し、地元に戻ってきた。
松山聖陵高校時代は、191cmの長身から投げ下ろすMAX149km/hのストレートを武器に、エースとしてチーム初のセンバツ甲子園出場に貢献した。

その高い潜在能力が評価され、6年前、ドラフト8位で千葉ロッテに入団。プロ入り後、球速を153kmまで伸ばし、3年目には開幕1軍を果たして14試合に登板した。(14試合・防御率7.53)
しかしそれ以降、1軍のマウンドに上がることはできなかった。

元千葉ロッテ投手・土居豪人さん:
3年目の最後の方にちょっとひじに違和感があって、4年目無理して5年目にやっぱケガした。もう一回1軍に上がりたいっていう気持ちもあって無理したっていうのもあります。
ひじに不安を抱えながら投げ続けた代償は大きく、2023年、戦力外に。一時は誘いのあった社会人野球への転身も考えたが、土居さんはもう一度プロのマウンドを目指すことを決意した。

元千葉ロッテ投手・土居豪人さん:
はじめ痛かった時にすぐに病院に行っときゃよかったっていうのもあるし、もっとこうトレーニングしときゃよかったとか、誰でも後悔はすると思うんですけど、それでも自分の中で後悔することが多かったんで。
違う環境での仕事も「いい経験」
後悔だけが残った5年のプロ生活。土居さんは2023年12月、右ひじの靱帯を再建するトミー・ジョン手術に踏み切った。再び投げられるようになるまで1年以上かかる、長く孤独な挑戦だ。
手術後、宇和島市の実家に戻った土居さんは、リハビリをしながら週に5日、ガソリンスタンドでアルバイトをしている。

元千葉ロッテ投手・土居豪人さん:
まだ下の子が5月に生まれたばっかりなんで、貯金を崩しながらなんですけど、ちょっとでも働かんと。野球できないってのはさみしい気持ちもあるんですけど、こうやって違う環境で仕事ができるのもいい経験にもなるので、それはそれでいいかなと思ってます。
リハビリは週に4日。ジムの代表・濱田さんは高校生の時から土居さんの体を知り尽くした頼れる存在で、宇和島に戻ってくる大きな決め手になった。

ゼロスタイル・濱田直洋代表:
今は出力を上げるってのにフォーカス絞ってるんで、長くやるよりも短くて出力の高いものを選んでやってます。それまで土台作りは冬からずっとやってきてるんで、投げる準備をそろそろっていう感じです。十分計算通り仕上がってると思います。

ひじにメスを入れてから10カ月。今ではキャッチボールの距離も80メートルまで伸び、7割ほどの力で投げても痛みを感じないと、確かな回復に手応えを感じている。
「やり切った」と言える野球人生を
取材の日は、父の洋輔さんとキャッチボールをして感触を確かめた。

再起をかける息子の姿に、父は「こういう日が来んかったらよかったんですけど、僕がキャッチボールの相手をせないけんというのが。僕では練習相手にならんので、もっとしっかりした練習相手とやって欲しいんですけど、本人がやりたいっていうことはできるだけやらしてやりたい」と、息子への思いを語った。

家族のサポートに、土居さんからも「やりやすい環境を作ってくれてるんで親孝行というか、ちょっとでも結果を残して恩返しできたらなと思ってます」と、感謝の言葉があふれる。
様々な人の支えや応援に感謝しながら、前だけを見て走り続ける土居さんに迷いはない。
元千葉ロッテ投手・土居豪人さん:
愛媛が地元なんで、マンダリンパイレーツに入れたらと思ってるんですけど、1回(NPBを)クビになって独立から戻ってる選手も何人かいるので、その辺は自分的にも希望になるし、自分もその1人になれたらなと思ってます。
突き動かすのは「後悔したくない」という熱い思い。
復活の舞台として目指すのは、独立リーグ・四国アイランドリーグplusだ。

元千葉ロッテ投手・土居豪人さん:
NPBに戻るってことは、やっぱり独立リーグでずば抜けてないといけないので、自分の中で目標にしているのは防御率0点台、それだけずば抜けてないともう一度戻れるとは思ってないので、「やり切った」という気持ちで終われるような野球人生にしたい。
可能性がある限り道は必ず開ける。再起に向けた24歳の挑戦が始まっている。
(テレビ愛媛)