自民党総裁選で当初「最も総裁のイスに近い」と目されていた小泉進次郎氏だったが、議員票トップだったものの、党員票が伸びず結果3位に終わり、小泉氏は「私の中で足りないものがあった」と語った。
では、その「足りないもの」とは何だったのか?総裁選の討論を通して見えた小泉氏の「敗因」を分析する。

小泉氏に「足りないもの」は何か?

小泉進次郎氏:
私の中で足りないものがあったと思います。よくそこは自分でも振り返り、そして、また、仲間からもよく、分析をしてもらってこの糧を次の一つ一つに生かしていきたいと思います。

敗戦の弁を語る小泉進次郎氏
敗戦の弁を語る小泉進次郎氏
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小泉氏は総裁選後、記者団に敗因を聞かれるとこう答えた。
議員票はトップだったが党員票は伸びず結果は3位。当初から本命視されていた分、選挙戦中メディアでは「失速」の見出しが躍った。

選挙戦で小泉氏は「総理総裁になったら1年以内に実現する」と3つの改革を語った。

1つめが政治改革。政治資金問題について「政策活動費の廃止」「旧文通費の公開」「残金の国庫返納義務付け」を挙げた。

2つめが「聖域なき規制改革」。労働市場改革の本丸として解雇規制の見直しをあげ、これまでも訴えてきたライドシェアの解禁も加えた。

そして3つめは「人生の選択肢の拡大」。選択的夫婦別姓制度導入の法案提出、年収の壁の撤廃や労働時間規制の見直しだった。

「改革の本丸」だった解雇規制見直し

日本経済の停滞の背景にあるのが、労働生産性の低さだ。
そのため、これまで様々な政権が労働市場改革を進めようとしてきた。

岸田政権でも労働市場改革に挑戦
岸田政権でも労働市場改革に挑戦

かつて安倍政権では、ホワイトカラ―・エグゼンプション制度、岸田政権ではリスキリングやジョブ型制度の拡大によって、労働市場の流動化を促そうとした。

しかし働く人々の反発は根強く、改革はなかなか進まなかった。

解雇規制の見直しを強調した小泉進次郎氏
解雇規制の見直しを強調した小泉進次郎氏

今回小泉氏が「改革の本丸」と位置付けたのは、解雇規制の見直しだった。

告示日の演説で小泉氏は「解雇規制は今まで何年、何十年も議論されてきました。社会の変化をふまえて働く人が、業績が悪くなった企業や居心地の悪い職場に縛り付けられる今の制度から、新しい成長分野や、より自分に合った職場で活躍することを応援する制度に変えます」と強調した。

「解雇」に大半の国民が警戒

しかしこの会見を受けて、「小泉氏は解雇規制を自由化・緩和するつもりだ」と世論が大反発、メディアは批判的な報道を展開した。

総裁選の公開討論会の様子
総裁選の公開討論会の様子

また、そもそも本命の小泉氏に狙いを定めていた他の候補者たちからも、「自由化・緩和だ」と集中砲火を浴びることになった。

この問題について「労働市場改革を改革の一丁目一番地として取り上げたのは、すごく勇気があることですし、高く評価できると思う」と語るのは、小泉氏にこの問題についてインタビューしたビジネス映像メディア「PIVOT」の佐々木紀彦CEOだ。

「PIVOT」佐々木紀彦CEO
「PIVOT」佐々木紀彦CEO

しかし佐々木氏はこう続けた。

「PIVOT」佐々木紀彦CEO:
解雇という言葉を使ったのがよくなかった。解雇の話で喜ぶのは経営者くらいで、大半の国民は警戒してしまう。
『皆さんがより高い給料の仕事に就けるように支援する』などと言い方を変えていたら反応は違ったかもしれません。

政治は老壮青のバランスが大事

さらに佐々木氏は、「小泉氏はマーケタータイプではないのだな」と感じたという。

「PIVOT」佐々木紀彦CEO:
小泉さんの強い思いは伝わってきたのですが、リスキリングや残業時間規制の見直しなどの提言に共感するのは都市部20〜40代の先進層が中心で、地方やシニア層には響きにくかった。
小泉さんの『子どもが生まれて自分が変わった』というメッセージも、単身世帯や子育ての終わったシニア層には刺さりにくかったのではないでしょうか。

小泉氏のメッセージはシニア層に響かなかったか
小泉氏のメッセージはシニア層に響かなかったか

今回佐々木氏が小泉氏を見て感じたのは、「スタートアップっぽさが強すぎた」ということだった。

「PIVOT」佐々木紀彦CEO:
小泉さんのメッセージは、アメリカの民主党の政治家が、シリコンバレーの起業家に向けて語っているようでした。
多くの党員は『リベラル路線に行き過ぎている』と拒否感を抱いたのではないでしょうか。
政治はビジネス以上に、老壮青のバランスが大事。チーム小泉は「青」中心でしたが、地方やシニア層の視点から提言できる「老壮」がいたら、結果は違っていたのかもしれません。

選対のスタッフにカレーを振る舞う小泉氏
選対のスタッフにカレーを振る舞う小泉氏

小泉氏は農林部会長時代に行った、農業改革や厚労部会長時代の「人生100年時代の社会保障改革」において、改革の志が高い若手議員らでチーム小泉をつくってきた。

今回もチーム小泉は、40代の“ベストアンドブライテスト”が中心で、選挙事務所は自民党本部から徒歩数分の起業家が集うオフィスビルに構え、これまでの総裁選にはない刷新感を打ち出していた。

改革のスピードを上げるために、志を同じにした同世代がチームを組む。
しかし、時としてこれが“フィルターバブル”につながってしまう。

改革のスピードか、老壮青のバランスか。
”次”に向けて難しい課題が突き付けられたかたちだ。

想定される反論への打ち返し準備不足か

そして総裁選で大論争となったのが、選択的夫婦別姓制度だ。

選択的夫婦別姓の実現を目指す一般社団法人「あすには」の代表理事井田奈穂氏は、小泉氏がこの問題をアジェンダとして打ち出したとき、「素晴らしい」と感じた。

「あすには」代表理事井田奈穂氏(撮影協力:WeWork神谷町トラストタワー)
「あすには」代表理事井田奈穂氏(撮影協力:WeWork神谷町トラストタワー)

一般社団法人「あすには」 井田奈穂 代表理事:
自民党の議員や秘書の方々にも、改姓せざるをえなかったと思いを持っている方々がたくさんいますが、バックラッシュや落選運動を避けるため、公に話すことは難しいです。
その中で小泉さんが、勇気をもって当事者として発言したのは、血の通った総理になられるだろうなと思いました。

総裁選の討論会では激論が交わされた
総裁選の討論会では激論が交わされた

しかし、選択的夫婦別姓の討論の中で、「内閣府の調査では賛否僅差で、旧姓の通称使用支持が4割いる」「旧姓の通称使用で不動産登記は可能」「子どもの人権を毀損する」「家の絆が無くなる」といった反論に、小泉氏が一つ一つしっかり再反論する姿は、残念ながらほとんど見られなかった。

これについて井田氏は「私たちには想定される反論へ打ち返す準備はできていた」という。

国連から日本に3度にわたる是正勧告

例えば、内閣府の調査結果をうけた反論に対して、井田氏はこう打ち返す。

一般社団法人「あすには」 井田奈穂 代表理事:
国連から日本は、2003年以降3度にわたって、夫婦別姓を認めないのは人権問題だと是正勧告を受けています。
実際に『自分の氏名を変えずに名乗る権利は、性別問わず等しくあるべき』という人権の理念から、かつて強制的夫婦同姓だった国は、日本以外すべて選択制に法改正しています。
マイノリティの人権回復に、マジョリティの許可や同意は本来必要ありません。よって世論調査を言い訳に、人権侵害を続けてはならないのです。

さらに他の反論に対しても、小泉氏はこう再反論するチャンスがあったと語る。

高市氏のミスリード指摘できなかったメディアにも問題が
高市氏のミスリード指摘できなかったメディアにも問題が

一般社団法人「あすには」 井田奈穂 代表理事:
『不動産登記は旧姓でできる』という高市氏のミスリードを、その場でファクトチェックできなかったメディアにも問題があったと思います。
『子どもが可哀そう』、『情緒不安定になる』というのは、いま実際に日本にいる離婚や再婚、事実婚や国際結婚などで、別姓となっている多くの家族に対して差別的な発言ではないでしょうか。
一部の属性の国民に対して、差別発言をする政治家は国のトップに適さないと思います。

総裁選に必要なのは知識と経験

総裁選の討論を見ていて、井田氏が小泉氏に感じたのは、「百戦錬磨の反対論者との違いがあらわれた」ことだった。

一般社団法人「あすには」 井田奈穂 代表理事:
ここ数年、小泉さんが国会の論戦の中で、自ら手を挙げて(このテーマで)討論している姿を見たことがありません。
弁舌爽やかだし、短いキーワードで話すのはすごく心強い感じがしますが、論戦になるとデータや実例の引き出しも必要ですし、戦い抜く老獪さも大事だと思いました。
そこは反対論者が準備出来ていたと思います。

討論中「本命」小泉氏は、他候補から集中砲火されて防戦一方となるシーンが増えた。

討論の経験不足が現れた小泉氏
討論の経験不足が現れた小泉氏

「彼はこれまで議員間の討論をやってこなかったのでは」と語るのは、政治アナリストの伊藤惇夫氏だ。

政治アナリスト 伊藤惇夫氏:
総裁選のようなテーマが多岐にわたる討論では、よほど経験があるか勉強していないと、対応できません。
告示日の会見で、原稿を200回以上見たり、外交問題を問われて『カナダのトルドー首相は就任時に私と同い年』と答えたり、政策面でのやりとりが、あそこまででなければ総裁になる可能性はあったかもしれません。

10月選挙で手腕試される小泉氏

そして伊藤氏はこう続ける。

政治アナリスト 伊藤惇夫氏:
小泉氏の知名度は抜群ですが、世論調査は所詮人気調査です。もし小泉氏が今回の結果をいい経験をした、いいところまでいった、次は何とかなると捉えていたら大きな間違いです。
9人の候補者が、並び時間が短いとはいえ、公開討論をやった中で、小泉氏は知識不足、討論慣れしていないことが明らかになりました。
これから時間をかけて、勉強し成長しなければ、次に出ても厳しいです。また周囲には荒波にもまれた経験値のある人間がいないと難しいですね。

小泉氏の改革への志は国民に伝わっただろう
小泉氏の改革への志は国民に伝わっただろう

総裁選を通じて、小泉氏の改革への高い志と強い気持ちは、国民にしっかり伝わっただろう。

しかし、数十年も進まなかった問題に決着をつけるには、より周到な準備が必要だったことがわかった。

石破新総裁から選対委員長に起用された小泉氏
石破新総裁から選対委員長に起用された小泉氏

知名度の高い小泉氏は、石破総裁から「選挙の顔」として選対委員長の要職に起用され、10月の衆議院選挙で、早速その手腕が試されることになる。

自らを次のステージにどう上げるのか、小泉氏のさらなる飛躍に期待と注目が集まっている。(執筆:フジテレビ報道局解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。