両者の最大のテーマは無党派へのアプローチ
最初で最後とも言われる直接討論は、意外にも両者の初顔合わせだった。
民主党の大統領候補ハリス副大統領(59)と共和党の大統領候補トランプ前大統領(78)は、同時にステージに姿を見せた。ハリス氏はその際、まっすぐトランプ氏の演台の前まで歩み寄り「カマラ・ハリスです」と自己紹介し、握手を求めた。これに対しトランプ氏は「会えてうれしいです。楽しみましょう」と答え、握手に応じた。
この記事の画像(11枚)これまで互いを激しく批判してきた両者は、初の対面でまさかの会話と握手を交わし、討論会が幕を開けた。
大統領選のテレビ討論会は、立候補表明から1カ月あまりのハリス氏にとって、初の大舞台となった。一方のトランプ氏は、2016年のヒラリー・クリントン氏との間で3回、2020年のバイデン氏との間で2回、今年6月のバイデン氏と1回と、今回で7回目となった。
支持率が拮抗し、投票日まで56日と迫ったこの日は、終盤を迎えたアメリカ大統領選の最大のヤマ場となり、投票先を決めかねている有権者にどちらがアピールできるのか、無党派へのアプローチが勝敗のカギを握る舞台となった。
討論会の開催地は、激戦州の一つペンシルベニア州フィラデルフィア。現地メディアによると1948年以降、民主党はペンシルベニア州で勝たずに大統領選で勝利したことはない。
2020年の大統領選ではバイデン氏が1.2ポイントの差で、2016年はトランプ氏が0.7ポイントの差で勝利している。
イライラのトランプ氏 緊張も余裕を演出のハリス氏
1時間45分に及んだ討論会では、国民最大の関心事の一つである物価高をはじめとした経済や移民、中絶問題、中東、ウクライナ情勢などをテーマに幅広く意見が交わされた。
冒頭、やや緊張した様子だったハリス氏だったが、徐々に立て直すとトランプ氏を挑発し、追及する姿に転じた。
これに対しトランプ氏は、演説中のハリス氏にはほぼ視線を向けることなく、口を真一文字に、または下を向いて首を横に振るなどして、冷静さを保ち、落ち着いた口調で主張を続けた。しかし、不法移民問題や連邦議会襲撃事件にテーマが及ぶと時折、声を荒らげ、イライラしているような姿を見せた。
大統領選の専門家「討論会はハリス氏が有利と分析」
討論会を終え、2人の専門家に話を聞いた。
ノースイースタン大学ジャーナリズム学部のアラン・シュローダー名誉教授は「ハリス氏にとっては素晴らしく、トランプ氏にとっては悪い討論会だった」と評価した。
シュローダー名誉教授は「討論会では、トランプ氏の最悪の姿が存分に発揮された。ハリス氏のパフォーマンスは完璧ではなかったが、終始優位に立っていた。一方、トランプ氏は当惑しているように見えた。バイデン氏との討論会では楽しんでいるように見えたが、今回はまったく準備ができていなかったように見えた。トランプ氏は、終始、声を張り上げ、しばしば意味不明な発言をしていた。この討論会が彼の票集めに役立ったとは到底思えない。ハリス氏は、民主党大会後のように新たな勢いを持って討論会を終えたと思う。だが、これを維持できるかどうかはまだわからない」とする。
アーカンソー大学の政治学部のパトリック・スチュワート教授は「ハリス氏が闘牛士に見え、トランプ氏という怒り狂った闘牛に血が出るまで剣を突き刺すようだった」と分析する。
スチュワート教授は「トランプ氏は終始、ハリス氏とバイデン政権を口汚く攻撃するとともに移民や中国といった外部からの脅威を持ち出して、支持者を結集させようとしたと考えられる。さらにトランプ氏は討論会中、終始攻撃的で、さまざまな場面で怒りや苛立ちを見せるなど、疲れて老いているように見えた。一方のハリスは、自身の経歴や、すぐに精査されないように曖昧にした政策構想を通じて中間層にアピールすることで、支持を広げ、築こうとしていた。ハリスは、トランプ氏より自己主張が強かった。彼女はステージを横切ってトランプ氏の演台の後ろまで行き、握手をして微笑みかけた。これは予想外だった。討論会の前に両候補演台の前で握手を交わすという伝統に立ち返った彼女の強い行動だった」と評価した。
ハリス氏「良い1日」トランプ氏「大勝利」
討論会を終えハリス氏は、支持者を前に演説し「きょうは良い1日だった」と振り返った。一方のトランプ氏は、自身のSNSで「今夜は、大勝利だ」と評価するとともに記者団に対し「非常に不公平だった」と不満も口にした。
大統領選まで1カ月に迫る10月1日には、副大統領候補のテレビ討論会が行われる予定だ。投票1カ月前に選挙に大きな影響を及ぼす「オクトーバーサプライズ」はあるのか、まだまだ先は見通せない。
(FNNワシントン支局長 千田淳一)