愛媛・松山城のふもとにある小さな劇場「シアターねこ」が、2024年8月末に閉館した。最大100席ほどの民間劇場は、12年間にわたり愛媛の舞台芸術を支え続けてきた。その最後の1カ月間、演劇人たちが紡いだ思いと、劇場が果たしてきた役割を追った。
演劇の聖地「シアターねこ」の軌跡
「シアターねこ」を運営する合同会社の代表・鈴木美恵子さん(76)は、広島県出身の元舞台俳優だ。
この記事の画像(19枚)31歳で松山に移住した鈴木さんは、活動の拠点を求めて松山市内中心部の施設を転々とする一方で、2007年には松山で芸術文化の発展を目指そうとNPO法人「シアターネットワークえひめ」を設立した。
劇団UZ(うず)・主宰の上松和史さんは「『シアターネットワークえひめ』の企画で、東京や大阪のちゃんとしたお芝居を学んでほしいと企画として呼んでもらって、松山でお芝居を作っていたので僕も参加させてもらって」と振り返る。
そして2012年、鈴木さんは閉園した幼稚園の施設を借りて、念願の小劇場「シアターねこ」をオープンさせた。
劇場の役割について鈴木さんは「私がもともと演劇畑の出身で、地域の劇団のための場所として作りました。アートってついつい追いやられてしまうんですけど、そうじゃない場にあるってことで、アートに対する関心が広がっていけば」と語った。
一方で、鈴木さんは民間の小劇場の経済的な課題について「場に関しては公共が関わる必要がありますね。運営は民間に委託する仕組みができたら1番いい」と話す。
演劇人たちの「ホームグラウンド」
「シアターねこ」は、観劇や稽古場としての役割にとどまらず、愛媛県内外の演劇関係者が集まる交流拠点としても機能してきた。
松山市を拠点に活動する劇団UZは、俳優の上松和史さんと座付き作家の伊豆野眸さんが2020年に設立し、旗揚げから本公演はすべて「シアターねこ」で上演してきた。この場所は劇団UZにとって慣れ親しんだ「ホームグラウンド」だった。
劇団UZの伊豆野さんは「この町に小劇場があることが文化にとって豊かなことだと教えてもらった」と語り、上松さんは「僕と一緒に芝居の歴を積んできた劇場だ」と寂しい思いを語った。
上松さんは鈴木さんについて「お母さんですよ」と親しみを込めて表現し、伊豆野さんは「すっごい背中が大きい先輩」と尊敬の念を示す。
閉館まで1カ月、愛媛県内外の劇団などが“最後の上演”をと「シアターねこ」の舞台に上がった。
劇団UZの最後の公演「浅瀬の牛を撫(な)でる」は、実際の強盗殺人事件から着想を得た作品だ。さびれた街のスナックを舞台に、逃亡を続ける指名手配犯や家族を失った男性、そして事件を調査する弁護士らの複雑な人間模様を描く。
鈴木さんはこの作品について「社会的なテーマを持つと重い、暗いイメージが強いが、そうではなくてエンターテインメントとして見せて、なおかつ中身が入っていくような、そこを目指しているように思う」と評価した。
劇団員に今後の思いを聞くと、俳優の林幸恵さんは「ある意味『ねこ』に甘えていた部分があったので、ここからは何もかも自分たちで劇団ごとで見つけていく作業になっていくと思う」と語った。
伊豆野さんは「演劇の業界だけでなく、色んなところが色んな形で物を作ったり発表したりする場所を一緒に考えていくことが大切」だと語った。
鈴木さんに「シアターねこ」が果たしてきた役割について聞くと、「演劇っていうのは人の生活、営みを描きますからそういう意味では人が育つと思う。その場があることで人が育っていったかな」と語った。
「次の一歩を踏み出すきっかけに」
2012年のオープン以来、愛媛の舞台芸術を支えてきた「シアターねこ」だが、施設の賃貸契約更新のタイミングやコロナ禍以降の利用低迷などをきっかけに2024年8月末に閉館した。
閉館の理由について、鈴木さんは「演劇の現場って肉体労働なんですよね。体がついていけなくなっている自分がいる。もうそろそろ潮時だな」と語る。
最後の公演を飾った京都を拠点に活動する演劇ユニット「このしたやみ」の新作「留守」は、移動遊園地のトレーラーハウスを舞台に、そこで働く男女の“居場所”のあり方を描いた物語だ。
公演終了後のイベントで、観客たちは「シアターねこ」に感謝の言葉を述べた。
男性は「このような場はこれからも必要性は変わらないと思う。ぜひ松山の中でみなさん手を取り合って新しい場を作っていただければ」と語った。
女性は「私は大学生で演劇に出会って、鈴木さんに色々教えてもらったから、『居場所』で『青春』だった」と振り返る。また、ある女性は「気軽に来られる場所がなくなって寂しい。もっと来ておけばよかった」と閉館を惜しんだ。
劇団P.Sみそ汁定食の桝形浩人さんは「そこへ行けば、鈴木さんという演劇そのものみたいな人とふれあえる機会を失うことが本当に痛い。『シアターねこ』の閉館は次の一歩を踏み出すきっかけになっている」と述べた。
鈴木さんは最後に「(演劇は)観客が完成させてくれると信じています。だから観客がいない舞台なんてやっても仕方がない。ぜひみなさん見続けてください」と語った。
「シアターねこ」が育んだノウハウや人脈を“新しい場所”へどう受け継いでいくのか。
愛媛の舞台芸術は新たな節目を迎えている。
(テレビ愛媛)