東日本大震災と福島県沖地震の二つの災害に見舞われた相馬松川浦で、「浜焼き」を通じて地域の復興に取り組む旅館「遊学の宿いさみや」の管野功さん。幾多の困難を乗り越えて、新しい船出を迎えた。

松川浦名物の「浜焼き」で笑顔

とれたての魚介類にタレや塩をつけて炭火で焼き上げる「浜焼き」。食欲をそそる香ばしい匂いが海からの磯の香りと混ざって、人々を引き寄せる福島県相馬市・松川浦の名物だ。

福島県相馬市・松川浦名物の「浜焼き」
福島県相馬市・松川浦名物の「浜焼き」
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この日、関東から来た学生たちを自慢の浜焼きでもてなしていたのは、松川浦の旅館「遊学の宿いさみや」の管野功さん。

学生たちをもてなす管野功さん
学生たちをもてなす管野功さん

「やはりうれしいです。観光地なので、観光客にいっぱい来ていただいて楽しいっていう。笑顔が見られると、本当に力をもらえます」と、お客さんの笑顔に顔をほころばす管野さん。しかし、ここまでの歴史は度重なる災害とともにあった。

東日本大震災で被災

2011年3月11日、東日本大震災による津波が松川浦を襲った。
「いさみや」も3カ月の休業を経て、なんとか再開したものの津波と原発事故で観光客は激減。復旧工事に関わる作業員の宿泊施設としての営業が続いた。

東日本大震災直後の福島県(2011年3月撮影)
東日本大震災直後の福島県(2011年3月撮影)

「津波が床上130センチくらいまで上がったので、その後処理というか。泥水なのですよね、津波って。縁の下にもぐって泥をかき出したりとか、壊れたものをボランティアに外に運び出してもらったりとか。無我夢中に、建て替えも考えずに営業再開した」と当時を振り返る。

東日本大震災直後の福島県(2011年3月撮影)
東日本大震災直後の福島県(2011年3月撮影)

2022年福島県沖地震で被災

そして、ようやく観光客が戻り始めてきた頃、「いさみや」を再び危機が襲った。
2022年3月16日に発生した福島県沖地震。相馬市では最大震度6強を記録し、東日本大震災の被害に迫る5000棟を超える住宅が被災した。

福島県沖地震での被害の様子(2022年3月撮影)
福島県沖地震での被害の様子(2022年3月撮影)

松川浦にある旅館の4分の1は、2年が経った今も再開できていない。
管野さんは「もうこれで廃業になるかなと、正直その時思いました」と話す。

福島県沖地震での被害の様子(2022年3月撮影)
福島県沖地震での被害の様子(2022年3月撮影)

2024年夏の再出発

「災害に負けた松川浦とは呼ばせない」そんな思いで管野さんは、大規模半壊した旅館の建て替えを決断する。貸切風呂を新しく設け、自慢の「浜焼き」を思う存分楽しめる小屋を併設して、2024年の夏、新しくなった旅館で再出発を切った。

2024年8月 旅館を建て替え再出発 浜焼き小屋も新設
2024年8月 旅館を建て替え再出発 浜焼き小屋も新設

松川浦で「遊んで」魅力を「学ぶ」…何度も傷ついて、それでも立ち直ってきたこの場所の歴史が、誰かを元気づけられるようにと、管野さんも訪れた人とコミュニケーションをこれまで以上に大切にしている。

学生たちに串の刺し方を教える管野さん
学生たちに串の刺し方を教える管野さん

「今まで松川浦を知らなかった人たちに、こんな自然豊かで食べ物がおいしい、人も良いということを、ぜひ知って欲しいです」と管野さんは語った。

磯の香りに誘われた客の「楽しい」「おいしい」があふれる松川浦の復活を目指して。きょうもまた自慢の「浜焼き」が訪れた人のお腹を満たしている。

(福島テレビ)

福島テレビ
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