昭和40(1965)年以来、59回の長き渡り愛知体育館で開催されてきた大相撲名古屋場所。
その愛知県体育館で開催される、最後の場所を制したのは、10回目の優勝となる横綱・照ノ富士。

史上15人目、長年の目標としていた2桁優勝を決めると、一夜明け会見では「今がいちばん自分の中で理想的な相撲を取っている」と、新たな進化への手応えを語った。

そんな、充実の照ノ富士に最後の最後まで喰らい付いたのが、前頭六枚目の隆の勝。

前頭六枚目・隆の勝
前頭六枚目・隆の勝
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まさに、今場所のダークホースと呼べる活躍を見せた隆の勝に、名古屋場所を振り返ってもらった。

笑顔が人気の実力派力士

隆の勝は、千葉県柏市出身。小学3年生から本格的に相撲を始め、中学を卒業後15歳で千賀ノ浦部屋(現・常盤山部屋)に入門した、叩き上げの力士だ。

2010年の大阪場所で「舛ノ勝」の四股名で初土俵を踏むと、幕内上位に定着した2017年初場所で「舛の勝」、新十両となった2017年九州場所で「隆の勝」と、2度に渡り四股名を改名。

2018年秋場所で新入幕を果たし、一時は三役の常連に定着するなど順調に番付を駆け上がっていった。

愛称はおにぎり君
愛称はおにぎり君

ちなみに、彼の好きな言葉は「笑う門には福来たる」。
土俵の外で覗かせる癒し系の笑顔が特徴的で、ファンからは「おにぎり君」の愛称で親しまれるなど、人気・実力共に高い力士だ。

14日目に横綱・照ノ富士から金星獲得

しかし、昨年12月に右膝の手術を受けるなど、ここ数年は怪我に悩まされ思うような結果を残せず、平幕の中位〜下位を彷徨っていた。

そんな中、迎えた名古屋場所。連敗でスタートするも、3日目から立て直し、持ち前の押し相撲で勝ち星を量産。13日目を終えて10勝3敗。

トップの照ノ富士を星の差2つで追走するなど、平幕ながら優勝争いに喰らい付いていった。

本人もここまでの活躍を予想しておらず、控えめにこう語る。

隆の勝:
本当に勝ち越せればいいかなという気持ちでいました。まさか、こんなに勝てるとは思ってなかったので。

この笑顔が隆の勝の魅力のひとつ
この笑顔が隆の勝の魅力のひとつ

さらに今場所の大躍進の理由を聞いてみると。

隆の勝:
2連敗した後でしたけど、白星を重ねていけたので。そこでメンタル面にも余裕を持てました。「一日一番、悔い無く」と思いながら相撲に臨めたので、それが良かったのかなと思います。

迎えた14日目の相手は、優勝に王手をかける横綱・照ノ富士。この重要な一番を前にした当時の心境を聞いてみると。

隆の勝:
横綱に胸を借りる気持ちで、全力で行こうと思っていました。

14日目。優勝に王手の横綱・照ノ富士と対戦
14日目。優勝に王手の横綱・照ノ富士と対戦

その言葉通り、立ち合いから休まず前に出ると、右を差して一直線に土俵外へと追いやり、見事な寄り切り。優勝争いを千秋楽まで盛り上げる大金星に、ファンたちは歓喜し、無数の紫の座布団が愛知県体育館を舞った。

横綱を寄り切り大金星
横綱を寄り切り大金星

勝った瞬間の気持ちを聞くと、

隆の勝:
信じられなくて、フワフワしていて。座布団が頭に当たったんですが、それで正気に戻りました。「ああ、勝ったんだ」と、思って。(座布団が)結構なスピードで来たので覚えています。

座布団が舞った場内
座布団が舞った場内

あの時、土俵上から目にした景色を思い浮かべながら、笑顔で答えてくれた。

大金星から横綱との優勝決定戦へ

勢いに乗る隆の勝は、千秋楽でも先場所史上最速の所要7場所で優勝した新鋭・大の里を撃破。

隆の勝:
やるしかないという思いですし、緊張というよりは自分の相撲を出し切ろうという気持ちで出来た。そんなに気負いなく、緊張せずにいけたかなと思います。

そして、結びの一番で照ノ富士が大関・琴櫻に敗戦。12勝3敗で照ノ富士と隆の勝が並んだ。

隆の勝:
失礼ですけど、『よっしゃー!』と思って。琴櫻関が勝ってくれてありがたかったですが、ドキドキしながら待っていました。

自身初の優勝決定戦の土俵へ。その空気感は

優勝決定戦
優勝決定戦

隆の勝:
全然違いましたね、みんなが自分と横綱しか見ていないので。みなさんの歓声とか、全然いつもと違ったので気合いが入りましたね。

と、取り組み前の光景を興奮した様子で語ってくれた。

前日の本割と同じように、気合十分で立ち合いから勢いよく攻め、一度は土俵際まで追い詰めるものの、最後は横綱のパワーの前に寄り切られて惜しくも敗戦。

初優勝の夢はあと一歩のところで叶わなかった。

初優勝まであと一歩と迫った優勝決定戦
初優勝まであと一歩と迫った優勝決定戦

それでも、最後の最後まで名古屋場所の優勝争いを盛り上げた隆の勝に、会場のファンは拍手喝采。最後の愛知県体育館にふさわしい、熱い名古屋場所となった。

改めて、優勝決定戦を振り返ってもらった。

隆の勝:
今回は立ち合いで当たった時に『ズシッ』と止められた感じがしたので、やっぱり横綱はすごいなと。本当に悔しかったですけど、やり切った感がすごかったです。
今場所は良い成績で終われたんですけど、来場所もこれを機に引き続き良い相撲をとって、また優勝争いに絡めるように頑張っていきたいと思います。

笑顔で名古屋場所を振り返る隆の勝
笑顔で名古屋場所を振り返る隆の勝

インタビュー中も時折笑顔を見せるなど、悔しさの中にも確かな充実感をのぞかせた隆の勝。悲願の優勝を成し遂げた時、彼はどんな笑顔を見せてくれるのか。

その時を相撲ファンは待ち望んでいることだろう。

大阪場所の尊富士、そして夏場所の大の里と2場所続いてアマチュアエリートの新星が誕生した大相撲界だが、今場所は隆の勝や平戸海のような叩き上げの力士の活躍も目立った。

輝かしいニュースターも良し、叩き上げのいぶし銀も良し、絶対王者の横綱も良し。

「大相撲の楽しみ方は無限大」

そんなことを感じた、最後の愛知県体育館だった。

山嵜哲矢
山嵜哲矢

株式会社ビーフィット チーフディレクター
東京学芸大学卒業後「ジャンクSPORTS」や格闘技中継などを担当
2012年から「日本大相撲トーナメント」中継に携わり
2016年からスポーツ局の相撲担当として場所中や場所後の取材を行う