大関・貴景勝、関脇・大栄翔、前頭の髙安、北青鵬、熱海富士の5人が、千秋楽まで優勝を争う大混戦となった大相撲秋場所。

熱海富士(21)は秋場所で初めて敢闘賞を受賞した
熱海富士(21)は秋場所で初めて敢闘賞を受賞した
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その中心となり優勝争いを引っ張ったのが、幕内2場所目の熱海富士。優勝決定戦で敗れたものの、土俵を最後まで盛り上げた新鋭に、大躍進を遂げた秋場所の戦いについて聞いた。

21世紀生まれ初の幕内力士

熱海富士は名前の通り、静岡県・熱海市出身の21歳。3年前の九州場所で初土俵、序ノ口や序二段で優勝し番付を一気に駆け上ると、入門からわずか2年で幕内入り。21世紀生まれ初の幕内力士となるなど、期待の若手として注目を集めてきた。

しかし、新入幕場所となった2022年の九州場所は4勝11敗、幕内の壁に跳ね返された。十両からの仕切り直しとなったが、今年の夏場所で豪ノ山や落合(現・伯桜鵬)らと優勝争いを繰り広げ、先場所の名古屋場所では見事に十両優勝、再び幕内に戻ってきた。

そんな熱海富士は、今場所をこう振り返る。「新入幕で負けて、跳ね返された。その時に『今の相撲では勝てない』、『もう一回、型を作れ』と周りから言われていた。そうやってちょっとずつ戻ってきて、今回再入幕。場所前はこんなになるなんて思っていなかったので、一番一番必死で長い場所でした」

幕内2場所目で優勝争い、千秋楽をトップで迎えたが…

「こんなになるなんて思っていなかった」。本人が語るように、熱海富士が優勝争いの中心になると予想した人は、ほとんどいなかったのではなかろうか。

11日目、熱海富士(左)は翔猿を豪快な上手投げで破る(東京・両国国技館)
11日目、熱海富士(左)は翔猿を豪快な上手投げで破る(東京・両国国技館)

得意の右四つ、勢いよく前に出る強気の相撲で序盤から連勝。10日目には1敗で並ぶ髙安を下し単独トップに。そして、11日目には自身初の三役との対戦となる小結・翔猿戦が組まれるも、豪快な上手投げで勝利。上位相手にも通用する力を見せつけた。

星の差一つでトップに立つ状態で迎えた千秋楽、相手は大関経験者の朝乃山。初優勝が目の前に迫る中、大一番を前にした心境を問われると、「今場所はリラックスして相撲が取れているなと自分も思っていたけど、今日はやっぱりちょっと緊張しましたね」と、普段とは違うプレッシャーを感じていたという。

「決定戦とか考えず、目の前の一番一番に集中してやろうと思っていた。自分では落ち着いているなとは思っていたんですけど、結果ダメだったので。切り替えて決定戦は思いっきりぶつかって行こうと思った」。

優勝決定戦、貴景勝の“まさかの引き”で熱海富士(右)は初優勝を逃す(東京・両国国技館)
優勝決定戦、貴景勝の“まさかの引き”で熱海富士(右)は初優勝を逃す(東京・両国国技館)

そして、優勝決定戦。何度か息が合わず仕切り直した末の立ち合いで、熱海富士の思いを見透かしたような、大関・貴景勝の“まさかの引き”。勢い余って体勢を崩し、初優勝を逃した。

「決定戦になったのも自分がこれまで勝ってきたおかげだったので、最後の一番だったので思いっきり動きました。うちの部屋では、相手が何をしてきても自分の出足、スピードが速い方が勝つと、親方から教えられてきたので、稽古が足りなかったです」。

優勝決定戦で敗れた熱海富士は悔しそうな表情を見せる(東京・両国国技館)
優勝決定戦で敗れた熱海富士は悔しそうな表情を見せる(東京・両国国技館)

相撲ファンも驚く大関の「変化」。花道を去る時の悔しそうな表情を覚えている人も多いのではないだろうか。

そんな悔しさの中でも、文句の一つも言わず、負けの原因を自分にフォーカスする真摯な姿勢。21歳とは思えぬ冷静さに、大器の片鱗を感じずにはいられない。

可愛らしい一面を見せる熱海富士
可愛らしい一面を見せる熱海富士

それでも、インタビュー終盤に「今、一番何がしたいか?」と尋ねると、10秒ほど考えた末に「なんだろう…なぐさめて欲しいです(笑)」と、可愛らしい一面も。

場所中の取材でも記者たちと気さくに話すなど、「土俵の上では厳しく、普段は優しい」。昔ながらのお相撲さんの雰囲気を持っているのが熱海富士の魅力でもある。

大横綱たちを超える可能性を秘める大器

そんな熱海富士だが、今場所の優勝にはいくつかの記録がかかっていた。

まずは、初土俵からの初優勝所要場所数。現在のトップは24場所の貴花田と朝青龍だが、熱海富士は今場所18場所目だったので、優勝していれば大幅な更新となっていた。

優勝していれば「初優勝の年少記録」で親方を超えていた
優勝していれば「初優勝の年少記録」で親方を超えていた

さらに、初優勝の年少記録。優勝していれば貴花田(19歳5カ月)、大鵬(20歳5カ月)、北の湖(20歳8カ月)についで4位(21歳0カ月)になっていた。ちなみに、現在の4位は白鵬(21歳2カ月)、優勝回数45回の大横綱を超える可能性があったのだ。

熱海富士について語る元白鵬・宮城野親方(38)
熱海富士について語る元白鵬・宮城野親方(38)

そんな、自身の記録にあと一歩に迫った若武者について、元白鵬の宮城野親方に聞いてみると、「誰が相手でもおもいっきり当たっていく、その姿勢が優勝決定戦で大関に変化をさせましたから、気持ちの強さが彼にあるのかな」と、メンタル面の強さを評価。

さらに、今場所の活躍については、「今まで若さ、体の重さで相撲を取っている感じで見ていましたが、初日からあごを引いたり、前まわしの浅い部分を持った厳しい相撲。あるいは、上手が深かったら浅く取り直すなど、技術がついてきたなと。ただ、ちょっと経験不足、実績不足な部分が最後の最後に出てしまいましたけど、本当に勉強になった場所だったと思います」と、その成長と今後への期待を語った。

「記録というのは破られるためにある」と語る元白鵬・宮城野親方(38)
「記録というのは破られるためにある」と語る元白鵬・宮城野親方(38)

さらに、自身の記録に迫ったことについては、「私の記録が21歳と2カ月なんですよ。熱海富士は9月で21歳になって、2カ月の差があったわけだ。それは知らなかった。でも、記録というのは破られるためにありますからね。そう思うと彼らも、『こういう記録があるんだ』と、モチベーションも上がりますから。今回は残念でしたね」と、先陣が切り開いた道に挑戦する若者へ、エールを送ってくれた。

今回は逃したものの、来場所優勝すれば、白鵬の持つ史上4位の21歳2カ月の年少記録に並ぶ熱海富士。さらに、初土俵からの所要場所数に関しては、トップの貴花田、朝青龍の24場所まで5場所の猶予があるなど、大記録の樹立にも期待ができる。21世紀生まれ初の優勝力士や静岡県出身初の優勝力士など、数々の記録の可能性が残されている中、これからどんな活躍を見せてくれるのか。大横綱を超える、そんな無限大の可能性を持つ大器から目が離せない。

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10月7日(土)24時35分から
10月8日(日)23時15分から
フジテレビ系列で放送

山嵜哲矢
山嵜哲矢

株式会社ビーフィット チーフディレクター
東京学芸大学卒業後「ジャンクSPORTS」や格闘技中継などを担当
2012年から「日本大相撲トーナメント」中継に携わり
2016年からスポーツ局の相撲担当として場所中や場所後の取材を行う