太平洋戦争末期の1945年、静岡県富士宮市で米軍機B29が撃墜された。あれから79年。2024年5月に富士宮市へ慰霊に訪れたのは撃墜された米軍機に乗っていたアメリカ兵の娘だ。きっかけは20年前に始まった富士宮市に住む男性とのSNSでの交流だった。

「震えるぐらい感極まって」

富士宮市城山公園(2024年5月)
富士宮市城山公園(2024年5月)
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2024年5月25日。富士宮市の城山公園で太平洋戦争の戦没者を悼む慰霊式が行われた。

戦没者の慰霊塔がある城山公園は、戦時中に撃墜された米軍機の尾翼が落ちた場所でもある。

この日、花を手向けたのは墜落した米軍機の乗員の長女・ドナ ブロイヤーさん(79)だ。

富士宮市史には1945年1月27日、数十機のB29の編隊が富士宮上空に飛来し、旧日本軍の戦闘機がそのうちの1機を撃墜したと記されている。

米軍機にはドナさんの父・ユージーン レディンジャー中尉が乗っていた。

「父の乗った飛行機が墜落した地を訪ねたい…」

ドナさんの思いがこの日、実現した。

ドナさんは「震えるぐらい感極まっています。父が亡くなったこの地に来たことは胸がいっぱいです」と涙ぐむ。

母の目撃談から米軍機撃墜に興味

井出さんとドナさん
井出さんとドナさん

ドナさんの思いに寄り添い、実現しようと奔走してきたのが、富士宮市に住む井出徹也さん(70)だ。井出さんは約20年にわたりSNSを通じてドナさんと交流を続けてきた。

井出さんが撃墜された米軍機に興味を持つようになったのは母親の話がきっかけだ。小学生の頃、母が戦争中に目撃したB29の墜落の様子や生存者がどうなったか話してくれたことを今も鮮明に覚えている。

墜落したB29の尾翼
墜落したB29の尾翼

母親から聞いた撃墜されたB29の話が忘れられず、井出さんは中学生の頃から調査を進めてきた。

井出さんによると撃墜されたB29は、東京方面に向かう途中だった「WERE WOLF号」だ。

旧日本軍の戦闘機「飛燕」の攻撃で空中分解し、機体は城山公園などに分散しながら墜落。乗員11人のうち7人が死亡し、レディンジャー中尉を含む4人はパラシュートで脱出したという。

「太平洋が私たち親子の涙で…」

井出さんはパラシュートで脱出した1人の親族が開設するホームページにたどり着き、約20年前にドナさんと知り合った。

井出徹也さん:
彼女から最初に来たメールは今でも覚えている。「太平洋が私たち親子の涙であふれている」と。この言葉を聞くと本当に泣けてくる。彼女が生まれてきた時には父親は亡くなっていますから、一度も会ったことがない

後列の左端がドナさんの父
後列の左端がドナさんの父

パラシュートで脱出した4人は捕虜となり東京・渋谷の刑務所に収監されたが、1945年5月25日 アメリカ軍の空襲によって全員が死亡した。

20年間の交流を通じて「姉」「弟」と呼び合う2人。

ドナさんの傷を癒したい…。井出さんはドナさんの父親の命日に慰霊式を企画し、ドナさんは初来日を果たした。

井出さんは「日米とも若者が亡くなったという戦争の悲劇が、この街の上空で行われた。それを次の世代に語り継ぐのが自分たちの仕事ではないかという気がする」と、慰霊式を企画した理由を話す。

父の“最後の場所”を訪れ感謝

城山公園での慰霊式
城山公園での慰霊式

そして、慰霊式の日を迎えた。

「今から79年前、1945年1月27日 午後1時55分、この街の上空で11人のアメリカの若者と3人の日本の若者の空の戦いがありました」

井出さんが史実を紹介する。

慰霊式には市民15人ほどが参列し追悼の言葉と黙とうを捧げると、ドナさんは涙ぐみながら感謝の気持ちを伝えた。

ドナ ブロイヤーさん:
20年前に井出徹也さんから私に連絡をくれたことは、すばらしく大きな喜びでした。徹也さんはたくさん情報をくれて、私はこうして夢が叶いここに来られた

父の搭乗機が墜落した城山公園
父の搭乗機が墜落した城山公園

公園を歩いたドナさんは「ここが父が見た最後の場所ですね」とつぶやいた。

怒りと悲しみを乗り越えて

ドナさんと井出さん
ドナさんと井出さん

父を奪った日本。撃墜された地である富士宮市。怒りと悲しみを乗り越えることができたのは、20年に及ぶ井出さんとの交流があったからだった。

ドナ ブロイヤーさん:
(終戦以降)79年間、日本が積み上げて学んできたこと、アメリカも積み上げて学んできたことがあり、お互い愛し合うことができるようになった。もっと愛し合うことができる。私の願いは人々が愛し合うことです

井出徹也さん:
(ドナさんは)初めは日本人に対して、あまりよい感情はもっていなかったのではというのが正直な私の思いでした。それを少しずつ和らげていって、遂にここまで、お父さんの飛行機が墜落した地点まで来たというのが、やっぱりよかったなと思う。この活動をやってよかったなと思う

終戦から79年。

平和を願う2人の思いとともに2人の交流はこれからも続いていく。

(テレビ静岡)

テレビ静岡
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