代表選考がもつれ、決定戦にまで及ぶ戦いを制して、男女全14階級で最後に切符を手にした東京五輪。それから一転、圧倒的な強さを示し続け、本大会まで1年以上を残し最初にパリ五輪の代表権を手にした阿部一二三(26)。
パリ到着時のインタビューでは「兄妹での連覇を達成して絶対に日本に帰る」と語ったように、東京五輪でともに金メダルを手にした妹・詩(24)とともに兄妹同日連覇を目指した今大会だった。
しかし、一二三が初戦を迎えるより前に妹・詩は世界ランク1位のケルディヨロワ(ウズベキスタン)に一本負けを喫し、その目標はかなわぬものとなった。
一二三:
いつも妹と2人で戦っているので、兄としてやるしかない。 妹の分まで僕が金メダルを取らなくてどうするんだ。
妹の無念に自らを奮い立たせた兄・一二三は安定した強さで勝ち進み、決勝では客席から詩が見守る中、得意の袖釣り込み腰で技ありを奪い、合わせ技で一本勝ちを収めて連覇を達成した。
この記事の画像(9枚)数々の大会で頂点を極めてきた一二三は、当然世界中の選手から研究しつくされ対策を講じられるはず。それでも連覇を果たせた理由は何なのか。
攻撃に直結する防御体勢
60キロ級で五輪3連覇を果たした野村忠宏氏は語る。
野村氏:
東京五輪以降の3年間で彼が成長した部分は組手です。
阿部兄妹のように右組みの選手の場合、左手で相手の袖をつかみ、右手で相手の襟をつかむのが一般的だが、一二三の場合は右手で襟をつかむ組み方はもちろんのこと、右手でも相手の袖をつかむ組み方が特に得意だという。野村氏はこう分析する。
野村氏:
特に今大会では両袖をつかみに行くスピードと確実性が増し、相手にほとんど攻撃のチャンスを与えなかったため、阿部選手が一番攻撃的に試合運びをできるパターンに持ちこめていました。
両袖をつかむことは相手の動きを封じ、投げられるリスクを回避できる“最大の防御”となる。ところが阿部一二三はこの状態からでも投げに入ることができるだけの肩の強さを持っているため、同時に“攻撃チャンス”にもなっている。
野村氏:
両袖を持つ選手はいるにはいるが、あそこまで自分の強みにできる選手はいない。
それは五輪3連覇のレジェンドさえも畏敬の念を抱くほどの能力なのだ。
中学生の頃に、両袖を持つ組み方をやり始めたところ自分の型にはまったという一二三。
一般的に防御とされるこの姿勢についても、相手に投げられにくくなることは事実として認めた上で「僕にとっては防御じゃない」と話す。
今大会の対戦を振り返っても、初戦や準々決勝では相手の両袖を取った数秒後には技を決めていた。
彼にとって両袖をつかむことは相手の技を避ける方法ではなく、自分の技の入り口と表現するほうが適切なのだろう。
得意技以外を磨くことで得意技がより効果的に
さらに近年は足技を強化したことで戦い方のバリエーションが増えたことも野村氏は勝因の1つに挙げる。
戦い方のバリエーションの増加は、試合を決定づける技の増加を意味するだけではなく、相手の意識を散らすことで得意技をより効果的に繰り出すことも可能にする。
得意技として知られる袖釣込腰で今大会も再三ポイントを奪うことができた理由。
それは技に入るスピードが向上したことはもちろん、相手にとって警戒すべき技が増えたことによって、最も警戒すべき技に対する意識が相対的に薄くならざるをえなくなったことと言えるだろう。
野村氏を上回る五輪4連覇を東京五輪以前から目標として口にしてきた一二三。連覇を達成してもなお、自身が目指す高みにはまだ道のり半ば。
そして何より今回果たせなかった目標がある。
「2人で必ずまた頂点に立とう」試合後、SNSを通して詩を激励した一二三。
4年後ロサンゼルスでは再び兄妹そろって金メダルを掲げるべく、自らの技術を磨き続ける。
『すぽると!』
8月10日(土)24時35分
8月11日(日)23時15分
フジテレビ系列で放送中