体と自分の認識する性別が違うトランスジェンダー。戸籍上の性別を変更するために手術をする人が多い中、“手術なし”で性別変更を認める異例の決定は世間を驚かせた。これを専門家や当事者はどう受け止めたのか。

意に反した手術か性別変更断念か

性器の見た目を変える手術をしていない人が戸籍上の性別を男性から女性に変更するよう求めた差し戻し裁判で、広島高等裁判所(広島高裁)は7月10日、性別の変更を認める決定を出した。
決定などによると、この当事者は男性として生まれ、家庭裁判所に戸籍上の性別を変更するよう申し立てていた。性器の見た目を変える性別適合手術は受けていないが、性同一性障害の診断を受けていて、体型を女性に近づけるホルモン療法を続けているということだ。これまでこの申し立ては認められておらず、2023年10月に最高裁大法廷が広島高裁に差し戻していた。

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広島高裁の倉地真寿美裁判長は、ホルモン療法で体の各部に女性化が認められるとした上で「自分の意に反した手術か性別変更断念の二者択一を迫るのは憲法に違反する疑いがある」などと指摘し、申し立てを認めた。手術なしで男性から女性へ戸籍上の性別変更が認められるのは極めて異例。当事者は弁護士を通じて「社会的に生きている性別と戸籍の性別のギャップによる生きにくさから解放されることを大変うれしく思います」とコメントしている。

混乱を招かない“見た目”が焦点に

今回の裁判のポイントを整理しよう。
まず性別の変更を認める要件は、性同一性障害特例法によって5つある。
1) 18歳以上
2) 結婚していない
3) 未成年の子どもがいない
4) 生殖腺がない・生殖機能を永続的に欠く
5) 変更後の性別に性器が似た見た目を持つ

4と5の要件を満たすためには事実上、手術が必要となる。4については既に2023年、最高裁が「違憲」という判断を出している。ただ、今回の裁判は5がポイントになった。広島高裁は「ホルモン療法で体の各部に女性化が認められている。それに対して自分の意に反した手術か、性別の変更をあきらめるか、この二者択一を迫るのは憲法に違反する疑いがある」と判断。一方で5の規定そのものに関しては、公衆浴場などで生じる混乱を回避する目的があるなどとして「正当性がある」と認めている。

「誰でも手術なし」は理解得られない

この決定を専門家や当事者はどう受け止めたのか。

セクシュアリティーなどについて研究している広島修道大学の河口和也教授は「申立人にとっては日々の暮らしに直結する問題なので、この度の決定は意味があるし、本人にとっても非常に良い決定だったと思います。今回は申立人の個別の状況が認められたということだが、すべての人に一様に判断が下るまではいってないと思います。問題を克服していって、より望ましい社会の在り方や、当事者にとって生きやすい社会の在り方を考えていく。これにはすごく時間がかかると思います」と意見を述べた。

一方、性別適合手術を受けたうえで、男性から女性に性別変更した当事者は複雑な思いを抱いている。

広島県内に住む性別適合手術を受けた30~40代の人は「身体的な疾患などで手術がどうしてもできないという人もいます。実際、手術はかなりきつい。今回の個別の決定に関してはOKだと思いますが、一律で誰でも性別適合手術を受けなくても性別が変更できますよという状況になるのはどうなのかなと思っています。何か下心のある人が性別を変更するということも考えられなくはない。手術できるけれども手術なしで変更したほうがラクだよねという考え方で、仮に多くの人が性別を変更することになれば、周囲からのコンセンサスや理解がなかなか得られない状況になってしまうかもしれません。そのあたりは良識ある判断を各自でしてもらいたいと思います。これをきっかけに議論が活発になったらうれしい」と胸の内を話した。

今回はあくまでも個別の決定。しかし今後、性同一性障害で生きづらさを感じている人にとって選択肢が増えるかもしれない。大事なのは社会の一人一人が関心を持つことだ。もちろん賛否両論あるが、議論が活発になること自体が前進とも言える。誰もが生きやすい社会の実現に向け、世の中は変わろうとしている。

(テレビ新広島)

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