多くの人が訪れる五輪でのテロ懸念

パリ五輪が迫ってきた。パリ五輪は7月26日から8月11日にかけて開催されるが、世界は再びスポーツの祭典を迎え、多くの人々がフランスを訪れることになろう。

しかし、今回のパリ五輪を迎えるにあたって懸念されるのがテロで、フランス当局は開会式が近づくにつれ(既に警戒モードであるが)、パリ市内の主要駅、主要観光施設などでのテロ警備を最高レベルに引き上げ、パリ以外の都市でも同様の措置が取られることだろう。

五輪準備が進むパリ市内
五輪準備が進むパリ市内
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では、フランス国内では今日どのようなテロの脅威があるのか。テロの種類は多岐に渡るが、今日の国際テロ情勢に照らせば、特に2つの懸念があると言えよう。

イスラエル権益を標的にするテロ

1つは、イスラエル権益を標的としたテロである。周知のとおり、昨年10月7日以降、イスラエルとパレスチナガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスなどとの交戦がエスカレートしている。イスラエルによる攻撃でパレスチナ側の犠牲者数は4万人に迫る勢いだが、ネタニヤフ政権は依然として強硬姿勢に撤している。

パレスチナへの強硬姿勢を続けるイスラエル首相
パレスチナへの強硬姿勢を続けるイスラエル首相

それによって、イスラエル批判の声が諸外国から高まり、スンニ派のハマスとは宗派が異なるシーア派でイランの支援を受けるレバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、イラクやシリアのシーア派民兵組織などが、ハマスとの連帯を掲げる形で反イスラエル闘争をエスカレートさせている。

イスラエル軍の攻撃にさらされるパレスチナ自治区
イスラエル軍の攻撃にさらされるパレスチナ自治区

反イスラエル感情が広がる中、こういった組織の幹部たちがパリ五輪で具体的なテロを計画している可能性は低いが、これまでもブルガリア、インド、タイ、ジョージア、アルゼンチンなどでイスラエル権益を狙ったテロ事件が発生したり、テロ計画が発覚したりすることがあり、ヒズボラなどイラン関連の関与が指摘されている。

また、昨年12月、欧州にあるユダヤ系施設への攻撃を計画した疑いで、ドイツとオランダではハマスのメンバーとみられる4人が逮捕された。ドイツではレバノン人2人、エジプト人1人が、オランダでは自国民が逮捕された。

ドイツ当局によると、ドイツ国内ではユダヤ人やユダヤ系施設への攻撃が増えており、同逮捕はその一環だとされるが、1972年のドイツ・ミュンヘン五輪の時には、パレスチナの過激組織「黒い9月」が選手村にあったイスラエル選手団の宿舎を自動小銃や手榴弾などを持って襲撃し、イスラエル選手11人が殺害されるテロが起こっており、今日の中東情勢を考慮すれば、イスラエル権益を狙ったテロが懸念されよう。

「イスラム国ホラサン州」の動向

もう1つがアフガニスタンを中心に活動する武装テロ組織「イスラム国ホラサン州(ISKP)」の動向だ。今年1月、イラン南東部ケルマンではイラン革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ元司令官の追悼式を狙った自爆テロにより100人あまりが死亡するテロ事件が発生し、イラン当局は自爆テロ犯の1人がタジキスタン人だと発表した。

また、3月にはロシア・モスクワ郊外にあるコンサートホールに武装した男4人組が押し入り、観客に向けて銃を無差別に乱射し、140人以上が死亡した。この事件でもロシア当局は実行犯4人がタジキスタン国籍と明らかにしたが、両事件ではアフガニスタンを拠点とするISKPの犯行が欧米当局や専門家の間で強く指摘されている。

コンサートホール襲撃テロ事件(ロシア・3月)
コンサートホール襲撃テロ事件(ロシア・3月)

ISKPは近年、アフガニスタン国内で中国やロシア、パキスタン権益を狙ったテロを実行し、国境を接するウズベキスタンとタジキスタンに向けてロケット弾を発射するなど、イランやロシアでのテロも含め、その対外的攻撃性に懸念が広がっている。

ロシアのテロ事件の直前にも、ドイツではスウェーデン議会を狙ったテロ攻撃を計画していたとしてアフガニスタン人2人が現地警察に逮捕されたが、うち1人がISKPのメンバーで、アフガニスタンからテロの計画から実行について具体的な指示を受けていたとされる。

ロシアの事件を受け、フランスやイタリアでは国内のテロ警戒レベルが最高水準に引き上げられたが、マクロン大統領はロシアでのテロ実行犯がフランスでもテロを計画していたと言及するなど、フランスではISKPによるテロへの警戒も広がっている。

フランスのマクロン大統領
フランスのマクロン大統領

今日、フランスはこのようなテロの脅威に直面していると言える。フランスでは2015年1月のシャルリーエブド襲撃テロ(10人以上が死亡)、2015年11月のパリ同時多発テロ(130人あまりが死亡)、2016年7月のニーストラック突入テロ(80人以上が死亡)などのようにイスラム過激派関連のテロが起こっているが、近年は大規模なテロ事件は幸いにも発生していない。

同時多発テロで騒然とするバタクラン劇場周辺(パリ・2015年)
同時多発テロで騒然とするバタクラン劇場周辺(パリ・2015年)

しかし、今日パリ五輪を迎えるフランスには以上のような脅威が存在すると言えよう。

【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415