2023年6月。婚活業界のカリスマ的存在である婚活アドバイザー・植草美幸さんとカウンセリングルームで初めて対峙した時、進藤さん(仮名・当時29歳)は心の中で憤慨していた。

「いくら何でも言い過ぎなんじゃないか?」 

しかし、1時間もたつと、植草さんの鋭い指摘と熱意に圧倒され、「この人に付いていこう」と決意する。「そうしないと自分は一生このままだ」。

進藤さんが「人生でここまで自分を追い込んだことはなかった」と語る7カ月間、私はカメラを手に彼の婚活に伴走した。

その中で見えてきたのは、異性に接する機会がなかったゆえの経験不足と、それに起因する彼の生きづらさ、ひたむきさ、そして愛すべきナイーブさだった。

わらをもつかむ思いで頼った植草さんから思わぬ叱責…前途多難の船出

都内の建設機械メーカーに勤める進藤さんが、結婚相談所「マリーミー」に入会したのは、2022年3月。その年の1月放送の『ザ・ノンフィクション』で、同年代の女性が、植草さんの下で婚活に奮闘する姿を見たためだ。

当時28歳だった進藤さんは、植草さんのアシスタントが担当するコースに入り「婚活」を始めた。

お見合いをする進藤さん(仮名)
お見合いをする進藤さん(仮名)
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お見合いのマッチングは、全国約4300社の結婚相談所が加盟する相談所連盟のプラットフォームを利用して行われる。

自身のプロフィールを登録し、約8万8000人(男女計)の登録者の中から条件に合った人を見つけてお見合いを申し込む、相談所の垣根を越えたシステムだ。並行して、アドバイザーが同じ相談所の会員同士を紹介してお見合いを組むケースもある。

プロの写真家が撮影した進藤さんのプロフィール写真は、「爽やかイケメン」。会員の中ではまだ20代と若く、年収も同世代の平均より高い彼は次々とお見合いを成立させた。

ところが、次のステップの「仮交際」になかなか進めない。

婚活を始めるまで女性と二人きりで話したことがなかったため、お見合いでは極度の緊張から黙り込み、ティーカップを持つ手は震え、笑顔は引きつり、目が泳ぐ。「挙動不審」、「生理的に受け付けない」などの理由で断られ続けた。

入会から1年あまりで40人以上とお見合いし、2人と「仮交際」に進んだが、いずれもうまくいかなかった。

厳しい現実に打ちのめされた進藤さんは、わらをもつかむ思いで月会費3万円の「植草美幸コース」に変更。番組の密着取材はここからスタートした。

「コースを変えたのも、取材を受けると決めたのも、自分を追い込むためでした」

植草さんによる最初のカウンセリングは、2時間近くに及んだ。

カウンセリングを受ける進藤さん
カウンセリングを受ける進藤さん

進藤さんの幼少期から現在に至るまで細かく質問を重ね、家族関係や過去の恋愛経験、生活習慣や結婚観などを根掘り葉掘り聞きながら、彼の「アピールポイント」と「結婚できていない理由」をあぶり出す。

しかし、「ズバズバといい当てられてムカッときた」という進藤さんは、当時、ひろゆき氏に憧れていたこともあって反論を繰り返す。

ついには植草さんが語気を強めた。

「ああ言えばこう言うのも結構だけど、お見合いでやったら一発でフラれるよ。こんなにいい条件なのに、結婚できていない原因はそこにあります。私は真剣にやりますよ。情熱人間なので。あなたを息子だと思ってやります。本当に付いて来られますか?」

進藤さんが背筋を伸ばして植草さんに向き直る。

「この人に付いていこう」と決めた瞬間だった。

「婚活」は時代を映す鏡…コロナ禍でのコミュニケーション不足が招いた深刻な事態

2015年から足掛け9年、婚活の現場を取材し続けてきたが、結婚相談所は時代を映し出す鏡だと感じる。

以前は、男性会員は相手に“良妻賢母”を望む傾向が強く、女性会員は相手に高収入を求め「子どもが生まれたら家庭に入りたい」という人が多かった。

しかし、コロナ禍を経た現在は、男性には家事能力、女性にも学歴や年収などの「頼りがい」が求められる。「花嫁修業」という言葉は死語になったらしい。

と同時に、相談所ではある深刻な問題が起きていた。

人と対面で会う機会が極端に減ったコロナ禍の影響からか、会員のコミュニケーション能力の低下が目立つようになり、交際に進む確率が低下していたのだ。

植草さんは「男女ともに相手の立場に立って物事を考えるということが苦手になったと感じます。女性は相手のちょっとしたことですぐ怒り、男性は自分がどう見られているか、相手が自分に何を望んでいるのかを読み取れない」と分析。

「これでは結婚できたとしてもその後の結婚生活はいばらの道です。そうならないために、婚活中にコミュニケーションを学ぶ必要があるんです」

天使のような理想の女性にフラれ涙するも…「しょうもない人生を変えてやる」

自分の見た目に関心がなかった進藤さんだが、美容室で髪形のセットや、眉やヒゲ、肌の手入れ方法を学んだ。婚活前は、母親が量販店で買ってきた洋服を着ていたが、今では自分で店に足を運ぶようにもなった。

そうして47回目のお見合いで出会ったのが、3歳年上の歯科助手・新田さん(仮名)だった。

それまで両親が離婚し母親と二人で暮らす進藤さんを「マザコン」などと敬遠する女性も多かったが、新田さんは「母親に料理を習っている」と話す彼を、「偉いですね」と褒めてくれた。理想の女性だった。

めでたく「仮交際」に進み、初めてのデートに臨んだ。

植草さんのレッスン動画で学んだ通りに、彼女の希望を聞いて店を予約し、優しくエスコートした。会話も弾み、彼女もとても楽しそうに見えた。

ところが翌日、「結婚観の違い」を理由に彼女から「交際終了」の連絡が来た。家に帰って泣き、そのあと1週間ほど立ち直れなかった。

女性からの「交際終了」通告に落ち込む進藤さん
女性からの「交際終了」通告に落ち込む進藤さん

「何か大きな失敗をしたという自覚がなかっただけに、苦しくて、苦しくて……。今思えば、彼女と温度感のズレがあったと反省しています。住む場所や結婚の時期についても、もっともっと彼女に同調して、希望に沿った言葉を選ぶべきだった」

たった一回のデートで「判断」を下される婚活。

頭を抱えてうなだれる進藤さんを見て、私は「もう婚活をやめてしまうかもしれない」と感じた。しかし、進藤さんはやめなかった。彼を支えていたのは「絶対に結婚したい」という強い思いだった。

スポーツは苦手、勉強も中の下。一緒に遊ぶような友達もいない。中高一貫の私立の男子校に進み、そのまま付属の大学へ。唯一頑張ったといえるのは、高校時代の演劇部。それ以外は「流れに任せるように、ただなんとなく生きてきた」という。

そんな彼が人生で初めて本気になって取り組んだのが、婚活だった。

「しょうもない自分の人生をここで変えてやるって思いました。何があっても食らいついて頑張ってやろうと。そうすると、だんだんと『自分の道は自分で選び取るんだ』という意識が芽生えてきたんです」

「彼女の不安を取り除きたい」 真剣交際から成婚へ…ひたむきに努力を重ねる

実は新田さんと同時並行で「仮交際」に進んでいる女性がいた。別の結婚相談所に所属している1つ年上の女性で東京大学の出身。

「頭が良くて、気が利いて、一緒にいるととても楽しい。新田さんの時のような恋心はありませんでしたが、徐々に『彼女とうまくいきたい』という気持ちが強くなった。一流企業に勤めていて両親の職業も立派。植草先生は『学歴の差』を心配しているようでしたが、取引先にも東大出身の人はたくさんいるので、あまり気にしませんでした」

仮交際をスタートして2カ月を過ぎた頃、進藤さんは彼女に「真剣交際」を申し込む。「真剣交際」とは、同時に3人まで交際できる「仮交際」の状態から進み、成婚に向けて1対1で条件や気持ちを擦り合わせていく期間を指す。

しかし、彼女からは「もう少し様子を見たい」と保留される。

彼女の返事を待ちつつ、進藤さんは母親と暮らす実家を出て都内で一人暮らしを始めた。

日々の生活に必要な費用や、仕事終わりの家事の大変さを身をもって知った進藤さんは、目に見えて「生活感」を身に付けていった。それが女性との会話にも役立っているようだった。

新居に遊びに来て、進藤さんの頑張りを目にした彼女は、仮交際4カ月目にして「真剣交際」を承諾。進藤さんは初めてたどり着いた「真剣交際」にとても喜んだ。

ところが、彼女の実家に挨拶に行こうとしたところ、先方の相談所から「彼女の気持ちは、まだその段階ではない」と言われてしまう。

相談所連盟には、仮交際のスタートから最長で6カ月までしか交際できないというルールがある。植草さんは焦ったが、先方の相談所を通してしか彼女の様子が分からないので、見守るほかなかった。

仮交際相手に自炊した食事の写真を毎日送る進藤さん
仮交際相手に自炊した食事の写真を毎日送る進藤さん

一方、進藤さんは仕事終わりに毎晩自炊をし、メキメキと料理の腕を上げていた。聞けば、2回目の自宅デートの時に昼食作りを失敗してしまい、不安を感じた彼女から「毎日の自炊メニューを写真で送って」と頼まれたという。「そんなことまでするんですか?」と私が聞くと、彼は何食わぬ顔でこう言った。

「この程度のことで彼女の不安が取り除けるのであれば、別にいいじゃないですか」

彼の言葉に、婚活で奮闘する個人の思いは、これほどまでにひたむきで純粋なのだとあらためて知らされた。

「私は今最高に幸せ」ネットの中傷を乗り越え、自身の成長に手応えを感じる日々

結局、規定の交際期限を前に、彼女からは「交際終了」の連絡が来た。彼女の父親が「学歴の差」で反対していることなどが理由だった。

進藤さんは、結果を静かに受け止めた。

「なんとなく、こうなることは分かっていました。私には闘えるだけの武器がなかった。収入も将来性も、家事スキルもコミュニケーション能力も……」

カウンセリング後に笑顔を見せる進藤さん
カウンセリング後に笑顔を見せる進藤さん

このような進藤さんの奮闘を描いた『ザ・ノンフィクション』の反響は予想以上に大きかった。

SNSでは進藤さんを応援する声が多かったが、一部の心ない誹謗中傷が彼の心を深く傷つけた。

「覚悟はしていました。しかし、憶測だけで私のことを『仕事ができない』と決めつけたり、『ザ・ノンフィクションに出ること自体が情報弱者』と言ったりするひどい文章もありました。しかも、それに何万という『いいね』がつく。気分が悪くなって吐いてしまいました」

「でもしばらくすると、優しい応援の言葉もあったことに気づきました。これまでの人生で、こんなにもたくさんの人に注目されて、『頑張れ』と応援してもらえることなんてなかった。勇気を出して番組に出て良かった。自分の人生や考え方が大きく変わったことを実感しています。私は今、最高に幸せです」

放送終了後、進藤さんは2人の女性と仮交際に進んだ。そのうち1人は、番組を見た女性。

初デートで2時間カラオケに行くほど馬が合った。仮交際が2カ月続き、いよいよ「真剣交際」を申し込もうと、デートの時に手を繋ごうとしたら断られてしまう。その後、「交際終了」の連絡が来た。

さぞショックを受けているだろうと心配したが、進藤さんは「たぶん“友達止まり”ってことだったんじゃないでしょうか」と明るく話した。

「彼女がよく『夜道が怖い』と言っていたけど、日本はそんなに危険じゃないですよね?」と彼が聞くので、私が「それは、家まで送ってほしいということだったのでは?」と返すと、「あっ、そういうことだったのか!」と膝を打つ。

取材後に2人でビールを飲みながら、こんなふうに「反省会」をした日々が懐かしい。

だが、進藤さんに以前のような悲壮感はもうない。「彼女と友達になれた」。それ自体が彼にとっては大きな「成長」なのだ。いつか、進藤さんを丸ごと受け入れてくれるような女性が現れてほしいと切に願う。

「私は諦めませんよ。今みたいに、まだまだ学ぶことがたくさんありますからね。ネットでたたかれて、鼻マスクも腕を組む癖も全部やめました。この前、カリスマ美容師に髪を切ってもらいましたよ。すごくないですか?」

そう言ってはにかんだ笑顔を見せる進藤さんの婚活は、これからも続いていく。

(取材・記事/八木里美)

ザ・ノンフィクション
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2011年の東日本大震災から、何かが変わった。その何かがこの国の行方を左右する。その「何か」を探るため、「ザ・ノンフィクション」はミクロの視点からアプローチします。普通の人々から著名人まで、その人間関係や生き方に焦点をあて、人の心と社会を描き続けていきます。