経済不振の中国を逃れて米国に新天地を求める中国人不法移民が急増しているが、陸路に加えて海から米国領のグアム島へ入国をはかる新「ボートピープル」も増えはじめ、米軍の太平洋の要衝の安保上の懸念が生じている。

中国から米国へ…不法渡米ルートは“海”へ

米国へ不法に入国をはかった中国人は2021年23471人、2022年27756人、2023年52700人と増加しており、中でもメキシコとの南部国境を越えて入国したものはこの3年間で50倍に達している。(米国税関・国境警備局調べ)

メキシコとの国境の壁の切れ目にある“抜け穴”(カリフォルニア州)
メキシコとの国境の壁の切れ目にある“抜け穴”(カリフォルニア州)
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バイデン政権の「Catch and release(再放流)」政策、つまり「釣った魚を再び放流してやる」ように、不法入国で検挙した移民も亡命を希望すれば裁判所での審査のために滞在が認められるという政策で国外退去にならずに済む。

加えてバイデン政権は2023年4月、中国人の亡命希望者の審査を緩和する基準変更を指示。これまで40項目について質問していたのを「軍務経験」「大学教育の有無」「生誕地」「雇用履歴」「支持政党」の5項目に限定し、その上で亡命希望の理由を聴取することになった。

国境沿いに落ちていた中国語が書かれた薬(カリフォルア州)
国境沿いに落ちていた中国語が書かれた薬(カリフォルア州)

これで中国人の亡命手続きが加速し、亡命希望者はまず入国ビザが不要な南米のエクアドルへ渡り、要所要所でブローカーに500ドル(約7万5000円)から5000ドル(約75万円)の金を払ってコロンビア、パナマ、ホンジュラスへと密入国をくりかえしてメキシコに達し、そこから米国のカリフォルニア州やアリゾナ州、テキサス州との国境を越える不法渡米ルートが確立した。

しかし、その道のりは直線で3700kmにも及び、徒歩でジャングルなどを走破すると1カ月もかかる。そこで中国の不法移民の視線が海に向いたのは自然の成り行きだったかもしれない。

サイパン経由でグアムへ

2024年が明けて間もない1月6日、グアム島の北西約50kmの海上で全長7mのプレジャーボートが遭難し、米海軍のヘリコプターが乗っていた中国人6人を救助するという事件が起きた。

6人はグアムの税関・検疫当局の取り調べを受けたが、経済的理由で米国へ亡命を求め200km離れたサイパン島からボートでやってきたと供述した。

米沿岸警備隊のリリース
米沿岸警備隊のリリース

サイパン島は米合衆国自治領の北マリアナ諸島連邦に属し、米国の準州であるグアムと入国管理制度も異なる。中国国籍者はビザなしに45日間の入国が認められており、臨月にサイパン島を訪れて出産し、出生で米国国籍を取得した子女の親として米国の永住権取得をはかる中国人が増えているという。

そこまでせずとも、サイパンからグアム島までは遭難したようなプレジャーボートでも天候さえ良ければ半日で渡ることができるはずなので、これからはこの方式の不法移民が増えるではないかと考えられた。

安全保障上の懸念は

「今や中国人の移民たちはグアムに潜入しようとしている:共和党首脳は中国共産党が米国のあらゆる地域に入り込み米軍の主要基地を危うくしようとしていると警告」

英紙電子版「メール・オンライン」は3月30日、わざわざ「独占記事(EXCLUSIVE)」と銘打って表題のような見出しの記事を掲載した。

記事は米下院国土安全保障委員会委員長のマーク・グリーン議員(共和党・テネシー州)へのインタビュー中心にまとめられており、同議員がグアム島の戦略的存在が脅かされることへの懸念が強調されている。

グアム島にあるアンダーセン空軍基地
グアム島にあるアンダーセン空軍基地

確かにグアム島にはアンダーセン空軍基地に戦略核爆撃機B-52が常駐している他、海軍基地は西太平洋唯一の潜水艦基地として知られ、米国の太平洋戦略の鍵を握る要衝であることは間違いない。

「グアム島へやってくる中国人たちが急増することに懸念を抱かざるを得ない。彼らが何を目的にやってくるのか分からないからだ」

グリーン議員はこう語っている。

中国人の不法移民の中には、グリーン議員が懸念するような破壊工作目的の者がいないとも限らないが、彼らは口を揃えて本国での経済的困窮を逃れることや、宗教や言論の自由がないことを挙げるためほとんどの場合は、亡命が認められるようだ。

メキシコとの国境は巨大な壁で隔てられている(カリフォルニア州)
メキシコとの国境は巨大な壁で隔てられている(カリフォルニア州)

その中国の経済状況は好転の兆しも見えず、米国へ新天地を求める不法移民は増えこそすれ減る様子はない。そうした折に、中南米のジャングルなど3700kmの道のりを難行苦行するのに代わって、ボートで半日で渡る道がある手段があれば、今後グアム島へ中国人の不法移民が殺到することは容易に想像できる。1970年代に共産化したベトナムから大量の難民たちがボートで逃れた「ボートピープル」の再現になるかもしれない。

ちなみに、国連難民高等弁務官事務所の統計によると、1975年から95年までにベトナムを逃れた「ボートピープル」は80万人に上るが、それとは別に20万人から40万人が遭難したり海賊に襲われて死亡したと推測されている。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。