もし家族が「在宅医療」を望んだら…。高齢化による医療需要の増加とともに、“変わらない暮らし”の中で医療を受けたいというニーズは高まっている。総合病院と連携し、在宅医療の広がりに力を注ぐ医師を取材した。

月に2回訪れる“私服のお医者さん”

広島市安佐南区の住宅街。
「おはようございます」
まるで友人宅を訪ねるように、慣れた様子で家に入る男性。私服姿のこの男性が福井英人医師である。

患者の自宅で診察する福井医師
患者の自宅で診察する福井医師
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在宅医療を始めて5年。月に2回のペースで患者の自宅を訪問し、安佐南区の広い範囲を車で診察にまわっている。

(Q:いつも先生が運転なんですか?)
福井内科医院・福井英人 医師:

自分で運転したほうが道を覚えるので。僕、患者さんの家は全部頭に入っています。地図を見ずに行けます

在宅医療には、医師が定期的に訪問して診療する「訪問診療」と、かかりつけ医が患者の要請を受けて自宅に駆け付ける「往診」がある。福井医師は「訪問診療」しながら「往診」にも24時間対応。病気を抱えた一人暮らしの高齢者でも在宅医療は可能だという。

福井内科医院・福井英人 医師:
デイサービスや訪問入浴などのサービスを複合して、それぞれにあったオーダーメードの医療を作っていくというのが在宅医療ですかね

在宅医療は「人と暮らし」を診る医療

大阪や沖縄の総合病院で救急科専門医として勤務していた福井医師。ドクターヘリにも乗り、救命救急の最前線で様々な経験を積んだ。

 
 

故郷である広島に帰り、5年前の2019年から父親の病院で始めたのが救命救急医の経験が生かせる在宅医療だった。

福井内科医院・福井英人 医師:
変わらない暮らしの中で医療が受けられる。病院が病気を見るところだとしたら、在宅医療は「人と暮らし」を見る医療だと思います

福井内科医院・福井英人 医師
福井内科医院・福井英人 医師

患者は高齢者が8割。がんやパーキンソン病など難病を患う若い患者もいて、約150人を診察している。

患者の一人、西本幸子さん。
重度の心臓弁膜症と肺の病気を抱え、余命1~2年だと大学病院で告げられた。そのような状態でも福井医師によって自宅療養が可能になった。

2022年、自宅のリビングで福井医師の診察を受ける西本さん。明るい表情で談笑する場面もあった。娘の康子さんはこう話す。

西本幸子さんの娘・康子さん:
自宅ならお互いにわがままも言えますしね。近所の人がのぞいてくれたり、友達が来たり

総合病院と連携し、研修医を受け入れ

2023年度、福井医師は広島市民病院から地域医療研修で1カ月ずつ5人の研修医を受け入れている。患者には退院した人、逆に病状が悪化し入院する人もいて、総合病院との連携は不可欠だ。

広島市民病院 研修医・林理香さん:
広島市民病院で診療後、どういうふうに過ごされているのか。そこをしっかり勉強できたらと思います

研修医は訪問診療に同行し、現場で実践を積んでいく。
「今月から新しい研修医の先生です」
「痛くないですか?ちくっとしますよ」

患者の自宅で診療する研修医の林理香さん
患者の自宅で診療する研修医の林理香さん

持病とは別に腹痛を訴える患者には、携帯用の医療器具でエコー検査や心電図検査を行った。在宅医療でもできることは多くある。
「典型的な内蔵の痛みではない。ちょっと痛み止めを出して様子を見ましょう」
付き添う家族も医師に直接相談しやすく、大きな安心につながっている。

広島市民病院 研修医・林理香さん:
病院だと患者さんの話をゆっくり聞く時間もそんなに取れないし、ご家族の方と話をするタイミングもそんなになくて、貴重だなと思いました

患者の家族の話を聞く福井医師(左)と林医師(右)
患者の家族の話を聞く福井医師(左)と林医師(右)

福井内科医院・福井英人 医師:
やっぱり患者さんと距離が近いので、その人の生活背景も含めて診ます

2週間後、腹痛の症状は改善していた。元気になった姿を確認できるのも訪問診療ならではだ。

亡くなった後の遺族の心のケア

この日、福井医師は白い花を手に車に乗り込んだ。仏壇に供えるためのものだった。約1カ月半前、あの西本さんが亡くなっていた。享年86歳。余命1~2年と宣告されたが、3年を自宅で過ごした。

最後は体調を崩し、連携する総合病院へ入院。自宅へ戻ろうとした矢先のことだった。

福井内科医院・福井英人 医師:
西本さんの病室へ行ったら酸素吸入しながら外を眺めていてね。私の手をにぎって「先生、もう1回家に帰りたい、帰りたい」って。それだけは心残りで…

西本幸子さんの娘・康子さん:
先生が「帰らしちゃる」って言ってくれてね。やっぱりちょっと心残りがあったかなと思ってみたり、でも精一杯やったかなと思いながら

福井内科医院・福井英人 医師:
十分あれからは長生きされたと思います

「グリーフケア」と呼ばれ、亡くなった患者の家庭に四十九日を過ぎたころ訪れて話をする。

福井内科医院・福井英人 医師:
残された遺族の気持ちを聞いたり、自分たちがやってきたことが本当に良かったのかなって確認の意味もありますし、両方の心のケアみたいな感じだと思っています

西本幸子さんの娘・康子さん:
訪問診療はすごくうれしかったです。十分にしてもらいました。やっぱり家で見られるなら在宅がいいなと思いました

「自分らしく過ごす日々を支える」

1カ月の研修を終えた林医師は、福井内科医院でそのまとめを発表していた。

広島市民病院 研修医・林理香さん:
訪問診療は、自分らしく過ごす日々を支える医療なんじゃないかなと思いました。病気になったり、年齢を重ねることでどうしてもできないことが増えていき、しんどい瞬間がたくさんあると思うんですけど、その人ができる中で自分らしく過ごしていくのを支えるのが訪問診療の役割かなと。10年後か15年後ぐらいに雇ってもらえたらいいなと思っています

福井医師たちの前で研修のまとめを発表
福井医師たちの前で研修のまとめを発表

福井医師は、2024年度も8人の研修医を受け入れる予定だ。総合病院との連携を深めるとともに、若い医師たちが経験を積み、将来、在宅医療に携わる“種まき”を続けていく。人と暮らしに寄り添う「在宅医療」。これからどのような広がりを見せるだろうか。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
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