年明けから、北朝鮮が軍事的な挑発の度合いを高めている。

1月14日に固体燃料式の中距離弾道ミサイルの試験発射に成功したと主張。
さらに1月24日からは、開発中だとする新型戦略巡航ミサイル「プルファサル」をはじめ、巡航ミサイルの発射を10日間に4回という異例の高い頻度で続けた。

ミサイルだけではない。

1月5日には、朝鮮半島西側の黄海にある韓国の延坪島とペンニョン島の北側に向けて、200発以上の砲撃を実施し、周辺海域ではその後、1月7日まで砲撃が続いた。
韓国軍も対抗措置として。海上の軍事境界線とされる北方限界線の韓国側で射撃訓練を行い、島民には北朝鮮の反発に備え、避難命令が出された。

長く北朝鮮を研究してきた韓国の専門家は、南北関係の現状を「崖っぷち」と表現し、元韓国軍の軍事専門家は、兵器の開発状況が「周辺国にとって十分な脅威になる」と危機感を募らせる。

緊張が高まる南北関係の今後の見通しと、北朝鮮の兵器開発をめぐるポイントについて、韓国の識者に聞いた。

韓国総選挙に標準を定めた「サラミ式」挑発

かつて韓国軍合同参謀本部に所属し、現在は北朝鮮のミサイル開発などを専門に分析するシンクタンク・韓国国防安保フォーラムの辛宗祐(シン・ジョンウ)事務局長は、年明け以降続く一連の挑発について、「4月に行われる韓国総選挙を狙った“サラミ式”挑発」だと語る。

韓国国防安保フォーラム・辛宗祐事務局長
韓国国防安保フォーラム・辛宗祐事務局長
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“サラミ式”は、外交交渉術として北朝鮮が常とう手段としてきた手法だ。
1本のサラミを薄く何枚にも切って食べるように、段階を細かく区切って交渉し、その都度見返りを求めることで、より大きな成果を得ようとする方法だ。

韓国国防安保フォーラム・辛宗祐事務局長:
北朝鮮の“サラミ式”軍事挑発は、細かな挑発を継続的に行い、韓国内での不安を増大させることを指す。対北朝鮮で強硬姿勢をとる尹錫悦政権に対する国内での不満を高め、総選挙での与党敗北、ひいては政権交代につなげたい狙いがある。北朝鮮が実際に攻撃を仕掛けてくるときには、インパクトを大きくするために「奇襲」作戦をとることが多いことから、継続的な挑発を行っている現状では“衝突”に発展する可能性は低いが、北朝鮮の軍事力は着実に脅威を増している。

来年にリミット迫る「国防5カ年計画」…兵器の役割と開発の進ちょくは

北朝鮮は1月14日、「極超音速機動型制御弾頭を装着した中長距離固体燃料弾道ミサイル」の試験発射を行い、成功したと発表した。
極超音速で滑空するというこの弾頭は、レーダーによる探知・迎撃が難しいと考えられていて、日本や韓国などのミサイル防衛網をかいくぐって標的をたたこうという目的とみられる。
さらにこのミサイルは、従来の液体燃料に比べ発射までの時間が短縮される「固体燃料」である。
液体燃料から固体燃料への置き換えは、短距離・中距離・長距離(大陸間)弾道ミサイルすべてで進んでいる。

北朝鮮の弾道ミサイルは、その射程距離から、短距離は韓国や在韓米軍、中距離は在日米軍やグアムの米軍基地、長距離はアメリカ本土を標的としているとみられているが、固体燃料への置き換えによる脅威を、辛事務局長は次のように話す。

1月14日 北朝鮮は極超音速機動型制御弾頭を装着した中・長距離固体燃料弾道ミサイルの試射を行ったと発表
1月14日 北朝鮮は極超音速機動型制御弾頭を装着した中・長距離固体燃料弾道ミサイルの試射を行ったと発表

辛宗祐事務局長:
(固体燃料への置き換えにより)戦争が起きれば、北朝鮮はすべてのトンネルをミサイル基地として使用することができ、奇襲攻撃が可能となる周辺国にとって、十分に脅威になり得る。(さまざまな種類のミサイルを持つことで)北朝鮮は、南北間での戦争が起きた際、朝鮮半島にある在韓米軍と韓国軍を消滅させるだけではなく、アメリカ本土などからの増援戦力をも壊滅させるという力を誇示し、参戦意思をくじかなければならないと考えている。

数々の実験や訓練を通じて兵器の性能向上・実戦配備を進めているとみられるが、そのベースにある国防5カ年計画(2021年発表)について、辛事務局長は「順調に進んでいる」と見方を示す。
北朝鮮が、2023年4月に固体燃料式ICBM(=大陸間弾道ミサイル)「火星18型」の発射実験を行い、11月には2度の失敗を経て、初の軍事偵察衛星の打ち上げに成功したと主張する中、辛事務局長が次に注目するのが、“海中戦力”だ。

南浦造船所を視察する金総書記 2月2日朝鮮中央通信報道
南浦造船所を視察する金総書記 2月2日朝鮮中央通信報道

辛宗祐事務局長:
5カ年計画で発表した兵器はほとんど公開された。これらは兵器体系をより精巧に、性能を向上させる段階となる。今、公開されていないのは「原子力潜水艦」。これがいつ公開されるかを注視しなければいけない。

これまでに、その姿が公になっていない北朝鮮の原子力潜水艦。
しかし、年明けから海中戦力に関する北朝鮮の報道が続いている。
金総書記は、1月28日に潜水艦発射型戦略巡行ミサイルの試験発射を現地指導した際、原子力潜水艦の建造に関する作業も確認。また2月2日朝鮮中央通信は、金総書記が朝鮮半島西側の黄海に面した南浦造船所を視察したと報じた。
これまで、戦艦や大型貨物船などを建造してきたとされるこの造船所で、金総書記は「計画された船舶建造を計画期間内に執行すべき」と指示したという。
韓国メディアは、北朝鮮の原子力潜水艦建造に関する作業が、この南浦造船所でも行われている可能性があるとしている。

さらに辛事務局長は、プーチン大統領が「早い時期に北朝鮮を訪れる」と発言するなど、関係を深化させるロシアと北朝鮮の軍事的な協力拡大にも注目している。

首脳会談のためロシアを訪れた金総書記が極東・ウラジオストクで太平洋艦隊を視察 2023年9月
首脳会談のためロシアを訪れた金総書記が極東・ウラジオストクで太平洋艦隊を視察 2023年9月

辛宗祐事務局長:
ウクライナ侵攻で、北朝鮮の兵器がよく使われているとの分析がある。物量戦となった今、プーチン大統領にとっては、かなりありがたいこと。逆に北朝鮮が今すぐ必要なのは、戦闘機の部品、衛星技術、そして潜水艦のエンジン技術。原子力潜水艦のエンジン技術がロシアから北朝鮮に渡る可能性が非常に高い。

北朝鮮の「原子力潜水艦」の公開は、国防5カ年計画の進ちょくをうかがう重要なポイントとして注視する必要がある。

韓国は「第1の敵対国」 崖っぷちの南北関係に進展はあるのか

1月15日に行われた最高人民会議で、金総書記は韓国を「第1の敵対国」だと述べ、これまでの南北統一の政策を転換、対決姿勢を鮮明にした。

ソウル外国人記者クラブで会見する北朝鮮大学院大学・梁茂進総長(中央)
ソウル外国人記者クラブで会見する北朝鮮大学院大学・梁茂進総長(中央)

南北関係の研究を続ける北朝鮮大学院大学の梁茂進(ヤン・ムジン)総長は1月、外国人記者向けに開いた会見で、北朝鮮の政策転換に以下のような意図があると語った。

1. 対アメリカ・対韓国との緊張関係を通じた核ミサイル開発の正当化。
2. 緊張関係を通じた中国・ロシアとの連帯強化。
3. アメリカや韓国など外部からの脅威を理由にした住民統制の強化。
4. 半島情勢を主導していくことの意思表明。

ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルとハマスの戦闘など、世界で紛争が続き、国際情勢が不安定となる中、北朝鮮は体制維持のために軍国主義の傾向を強め、中露との連携を深めることで、1つの「国家」としての生存を目指そうとしていることがうかがえる。

金総書記は最高人民会議の演説で韓国を「第1の敵対国、不変の主敵とみなす」と発言 1月15日
金総書記は最高人民会議の演説で韓国を「第1の敵対国、不変の主敵とみなす」と発言 1月15日

ただ、この北朝鮮の政策転換は、南北の緊張状態をよりいっそう高めることにつながり、梁総長も危機感を募らせている。

北朝鮮大学院大学・梁茂進総長:
年明けから朝鮮半島情勢は非常に厳しく、一触即発の状況に置かれ、(南北関係は)崖っぷちに立たされている。国際社会の両極化が進む中、南北関係の悪化は長期化する可能性が高い例年3月・8月に行われる米韓合同軍事演習の時期には、北朝鮮の挑発の度合いもさらに高まる可能性がある。

韓国・中央統合防衛会議で発言する尹錫悦大統領 提供:韓国大統領府
韓国・中央統合防衛会議で発言する尹錫悦大統領 提供:韓国大統領府

韓国政府も強硬姿勢を崩さない。
1月31日、韓国の尹錫悦大統領は、国防・安全保障に関する会議で、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮を「世界で唯一の核先制使用を法制化した非理性的集団」と批判し、さまざまな挑発に対し対応を強化すべきと強調した。
南北境界付近での敵対行為を中止し、軍事的な緊張緩和を図った軍事合意(2018年締結)の効力も実質的になくなっており、南北間の通信チャンネルも不通の状況が続いているものとみられる。

分断はいっそう進み、解決の糸口さえ見いだせない状況が続く中、梁総長は南北双方に向け、次のように訴える。

梁茂進総長:
“抑制”は対話が進むときに効果を発揮する。(関係改善に向けた)大転換を追求することができる国は韓国しかいない。平和に向けた対話の努力は絶えず展開されなければならない。

取材をしていて感じるのは、過激な言葉で互いを批判する両者の姿勢は、南北関係を加速度的に悪化させているという現実だ。
解決が容易ではないからこそ、対話により両者が考えを共有する機会を冷静に模索し続けていかなければならない。

柳谷圭亮
柳谷圭亮

FNNソウル支局特派員。1994年生まれ。仙台放送報道部で県警・県政クラブ、東日本大震災関連ドキュメンタリー制作などを担当し2023年2月~現職。