韓国で尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領が罷免されたことを受け、次期大統領を選ぶための選挙は「6月3日」に実施される。保守系・進歩系ともに候補者の動きが本格化する中、優位に立つのが進歩系最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏だ。日本に関する強硬的な姿勢や発言が度々注目されてきた李氏だが、一方で、その“反日”は信念に基づいたものではなく実利のためとの見方もある。来たる韓国の選択に日本はどう向き合うべきか。専門家は、冷静な対応と腰を据えた関係構築が必要だと話す。
最有力は進歩系・李在明氏、保守系は候補者乱立
2025年4月4日。憲法裁判所が尹錫悦前大統領の罷免を言い渡し尹氏が失職したことにより、次期大統領を決める選挙戦が事実上スタートした。

4月9日には、各種世論調査で保守系内支持率トップを走るキム・ムンス前雇用労働相が、大統領選挙への出馬を表明した。キム氏は尹前大統領の弾劾に反対する姿勢を示し、保守層の中でも尹前大統領の支持者からの期待が大きいとみられる。保守系少数与党「国民の力」からは韓東勲(ハン・ドンフン)前代表や、前回の大統領選挙で尹前大統領と候補の座を争った安哲秀(アン・チョルス)議員などが出馬を表明しているほか、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長、洪準杓(ホン・ジュンピョ)大邱市長などが立候補の意思を示している。韓国の聯合ニュースは、候補者を決める「国民の力」党内選挙への出馬は、20人あまりに上る可能性があると伝えている。その他では「国民の力」の元代表で、現在は別の保守系政党に所属するイ・ジュンソク議員が40歳という若さで目立つ。

一方進歩系では、最大野党「共に民主党」の李在明前代表(60)が、4月10日に出馬を表明。記者会見では「私が偉大な国民の立派な“道具”として危機克服と再跳躍の道を開く」と述べ、本格的な選挙戦の準備に入った。
今、各種世論調査で圧倒的な支持を得ているのが、この李在明氏だ。次期大統領に誰がふさわしいかを尋ねた最新の世論調査によると、李氏の支持率は37%、次点の保守系キム・ムンス氏は9%と、大差をつけて李氏が優勢となっている。(調査:韓国ギャラップ、4月8日~10日)

韓国政治に詳しい神戸大学大学院の木村幹教授は今後の大統領選挙の展開について、候補者乱立が予想される保守系が、どこまで支持をまとめられるかが最初の焦点だと話す。
神戸大学大学院 木村幹教授:
「世論調査を見る限り、進歩派と保守派はどちらも潜在的に票を持っていて、状況はこれまでと変わらない。さらに大統領弾劾の経緯で中道も左右(進歩・保守)に分断された。進歩派は李在明氏でまとまるだろうが、弾劾された大統領を支持してきた保守派はハンデがある中、どこまで支持をまとめられるかが最初の焦点。尹氏は今後、刑事裁判も続いていくので、(保守派は)それに対してもどのような姿勢を取るか判断が迫られる。全般的にどちらが有利かといえば進歩派の方ではないか」
李在明氏は“実利の反日”
李在明氏が最有力候補となると、気になるのは今後の日韓関係への影響だ。尹前大統領の政権下では、いわゆる元徴用工問題の解決策が出されたことをきっかけに、2023年3月には約12年ぶりに首脳会談を目的とした韓国大統領の訪日が実現し、シャトル外交が復活するなど日韓関係は改善へと進んだ。

しかし、そんな尹政権の対日政策を李氏は「屈辱外交」と厳しく批判してきた。2023年8月には日本の福島第一原発の処理水放出を「核汚染水テロ」などと呼び、ハンガーストライキを行うなど、日本をめぐる過激な発言やパフォーマンスが度々注目されてきた。李氏が大統領に就任した場合、前政権が作った日韓関係改善の流れをどう引き継ぐのかに関心が集まるが、日本側は警戒感を持ちつつも冷静な対応に努めようとしている。
日本の外交筋の李在明氏に対する大方の評価はこうだ。
・日本に対して明確な理念を示しておらず、実利主義に基づいた“反日”
・日本に対する過激な発言は、個人の思いというよりも尹氏への批判からきたもの
・むしろ外交は“苦手”と見え、政策ブレーンの存在が大きい。
・李氏の頭の中はもっぱら国内政策が中心。
・貧困家庭の出身であることから「弱きものを助ける」という信念がベースにある。
神戸大学大学院の木村教授も、李氏の“パフォーマンス”に過剰な反応を示すべきではないと話す。
神戸大学大学院 木村幹教授:
「国会で進歩派が多数を占める中、李氏が大統領になることで政権の安定状態が続くという意味では実は悪いことではない。ポピュリスティックな政治家だから、時に刺激的でアドリブに満ちた言葉遣いをすることもあるが、その一言一句に過敏に反応するのではなく、冷静に対応することが必要」

一方で木村教授は李氏の対日政策について、独自の理念がみられないからこそ国民の多数の支持を得られる政策を選択する可能性があるとも指摘し、日本政府はとりわけ進歩派との間のネットワークの構築が重要だと話す。
神戸大学大学院 木村幹教授:
「韓国では、尹前大統領による徴用工問題解決策も朴槿恵(パク・クネ)元大統領による慰安婦合意も否定的な意見が多い。なので李氏は歴史問題や領土問題は、(日本に対し)厳しい方向に舵を切ると考えられる。ただそれが李氏の“看板政策”になることはない。そもそも保守派が政権を取ったとしても対日政策が融和的になるという保証はない。だからこそ、日本にとって重要なのは対立が起こっても安全保障や市民交流に悪影響を及ぼさないようにすること。ただ日本の政府系人脈は保守派に依存していることから、とりわけ進歩派との間のネットワークの構築は重要になる」
安易な“反日”呼ばわりの危険性も
2025年は日韓国交正常化60年の節目の年だ。韓国の外交筋によると、今年は尹前大統領が国賓として訪日することが検討されていたという。また日韓60周年に関連するイベントなど日韓関係を推進する様々な計画が進むが、尹氏の弾劾により内容は不透明となった。関係者も「日韓関係を一段階レベルアップする機会を逃した」と話す。

日韓関係改善を進めた尹前大統領は日本でも一般市民の認知度が高く、好感を持っていた人も少なくないだろう。しかし、野党が多数を占める国会で国内の政策が思うように進まない中、尹氏が外交で成果を上げようとしたのは自然な流れで、これほどまでに日韓関係を重視した大統領はむしろ異例と言える。そして何より非常戒厳という暴挙に出て、自らが押し進めた外交どころか政府そのものを突如として機能不全に陥らせたのもまた、尹氏だ。

今、SNSで李在明氏を検索すると、彼を批判する日本語の投稿の多さに驚く。SNSで日常的に情報収集をする中、両国の交流が活発になる流れで、今や日本の市民は観光スポットや映画・ドラマ・音楽といった情報だけでなく、韓国国内の政治的な情報にも当たり前のように触れている。一方で、その情報は選択して得ているものだということも理解しておかなければいけない。SNSでの李氏の批判については、根拠が明確ではなかったり事実を誤認したりしているものも目立つ。

李氏や、李氏を支持する政党などに対する安易な“反日”呼ばわりは、誤った認識の醸成につながりかねず、何も生み出さないどころか、結果的に相手の対日感情を悪化させかねない。日本に対する過激な言動には毅然とした対応を取りつつも、その目的まで見据える冷静さと、時には楽観的な捉え方も必要だと感じる。何よりこのことは、分かりやすいステレオタイプの言説を使いがちなテレビメディアに携わる自分自身に強く言い聞かせたいと思う。
韓国の新たな舵取り役を選ぶ大統領選挙は、6月3日に行われる。
(FNNソウル支局 柳谷圭亮)