2025年2月、北朝鮮が約5年ぶりに観光の門戸を世界に開いた。フランスやドイツなど北朝鮮が普段から“敵視”する西側諸国からの参加者を中心に、十数人が北朝鮮北東部の街「羅先(ラソン)」を訪れ4泊5日の北朝鮮ツアーを楽しんだ。しかしツアーからわずか2週間後、北朝鮮は旅行会社に「ツアー中断」を一方的に告げ、再び扉を閉ざした。背景を探ると、外国人観光客の受け入れをめぐり北朝鮮が直面する課題が浮かび上がった。

「今思えば、学校の遠足みたいでした」 参加者語るツアーの実態

今回観光客が訪れたのは、平壌(ピョンヤン)から数百キロ離れた北東部の経済特区「羅先」。ロシア・中国と境界を接し、コロナ禍前にも観光やビジネスなどで外国人がよく訪れていた場所だ。
そんな羅先をめぐる最新の観光ツアーの実態はどのようなものだったのか。FNNはツアー参加者の一人、フランス人のピエール=エミールさん(30)に話を聞いた。

北朝鮮の観光ツアーに参加したフランス人のピエールさん(30)
北朝鮮の観光ツアーに参加したフランス人のピエールさん(30)
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Q.北朝鮮旅行の準備はどのように進みましたか?
平壌や三池淵(サムジヨン)、最近は羅先など、北朝鮮ツアーが行われるという噂が出る度に、ほぼ全ての旅行会社にメールを送っていました。(今回)旅行会社からメッセージが届いたのは出発の2週間前。チケットを購入する期間は2日しかありませんでした。

ツアーバスの車窓から撮影した北朝鮮の旗
ツアーバスの車窓から撮影した北朝鮮の旗

Q.ツアー料金や北朝鮮に入るルートは?
ピエール=エミールさん:

ツアーの価格は705ユーロ(約11万円)で、全てのツアー内容や中国での宿泊代も含まれています。
出発の前日に中国・延吉(北朝鮮との境界の街)に集まりました。中国と北朝鮮の境界を越えるのには、ほぼ3時間かかりました。多くのチェックがあったからです。主に新型コロナに関するもので、全員の体温を丁寧に確認され、バッグを消毒するためにお金を支払わないといけませんでした。全てのチェックを終えた後、旅が始まりました。

ツアーガイドたち。1人は北朝鮮側の女性で、このツアーで初めて外国人と接したのだという
ツアーガイドたち。1人は北朝鮮側の女性で、このツアーで初めて外国人と接したのだという

Q.ツアーの進行は誰がどのように?
全体的に言うと、北朝鮮という国にいるため外国人は自由に歩き回ることができず、ホテル以外では常にガイドに伴われていました。(コロナ明け)初めてのツアーだったため不確かなことばかりでした。
私たちのツアーガイドであるニュージーランド人は、夕食後、(北朝鮮の)観光局の人々に翌日何ができるかを確認していました。ガイドは4人で、その内1人は北朝鮮側の20歳の女性で、これまで外国人と接したことがなく、このツアーが彼女にとって外国人に接する初めての機会でした。

ロ朝友好の家で記念撮影をするピエールさん
ロ朝友好の家で記念撮影をするピエールさん

Q.ツアーの内容について教えてください
今思えば、学校の遠足みたいでした。約50人の子どもたちによるパフォーマンスがあり、体操・歌・踊りが披露されました。また金日成・金正日、2人の指導者の大きな像を見たり、街を一望する山でハイキングをしたりして楽しみました。
地域で最大の小学校・高校・外国語学校も見て、特に学校の英語の授業を見学すると全員が完璧な英語を話していました。お土産では金日成・金正日・金正恩が書いた本を買いました。フランス語以外にも、ドイツ語、スペイン語、アラビア語、日本語などに翻訳されていました。ソジュ(焼酎)の小瓶も買いました。一つは飲むため、もう一つは将来的にとっておくためです。現金は約250ユーロ(約4万円)持って行きましたが全て使ってしまいました。

レストランの食事。ビールは「本当に新鮮でおいしかった」という
レストランの食事。ビールは「本当に新鮮でおいしかった」という

Q.ホテルや食事について教えてください
(ツアー中)同じホテルに滞在しました。懐かしい70年代の雰囲気のホテルです。見栄えを良くするために5つの星がついていましたが、快適さを考えれば2つ星だと言えます。
食事は朝鮮料理ですが、韓国とは少し違いました。沿岸の町なのでたくさんの海産物を楽しむことができました。水は頼まないと出てきませんでしたが、ビールは常にテーブルにあり、参加者はみな1人1日に5~6杯飲んだと思いますが、本当に新鮮でおいしかったです。

“弾道ミサイル”を背に踊る子供たち 「金一族」の功績も紹介

ツアーを通じて北朝鮮の“食”や“自然”を楽しんだというピエールさん。
一方でツアー中に撮影された映像を見せてもらうと「金一族」の功績を強調する場面が随所で見られた。

ミサイルが発射される映像を背景に踊る子どもたち
ミサイルが発射される映像を背景に踊る子どもたち

『我が元帥様は最高だ!』金正恩総書記をたたえる歌をステージで披露するのは、まだ幼い子供たち。しかも子供たちの背景に用意された大きなスクリーンには、無数の弾道ミサイルが発射される映像や、戦闘機が打ち落とされる映像が流され、見る者に違和感を与える。子どもたちが歌い踊る和やかなステージでありながら、軍事力を誇示しているようだ。

羅先の外国語学校での授業風景
羅先の外国語学校での授業風景

『私は軍隊に入りたいです。私たちの国や人々を守りたいから』。観光客から将来の夢を問われ流ちょうな英語でそう答えたのは、ツアーで訪問した外国語学校の男子生徒。隣の男子生徒も「Me too」と答えた。ピエールさんは学校での交流について「いくつかの答えは私が“どこにいたか”を思い出させた」と語る。

羅先を案内したツアーガイドたちは、学校や街に建ち並ぶ建物を見ては、観光客に「金総書記の指示で建てられた」などという説明をしてきたという。これらのことから、体制宣伝が観光産業の目的の一つであることがよく分かる。

経済状況は“制裁”により苦境 金総書記は観光産業に注力

2024年12月、金総書記は2025年6月にオープン予定だという北朝鮮東部の最新ビーチリゾートを視察し「世界各国の友人たちが訪れる世界的な名所になることを確信した」と述べ、外国からの観光客受け入れに意欲を示した。同じ頃には「平壌国際マラソン」が約6年ぶりに開かれる予定で、すでに旅行会社などがツアーを企画し募集を始めている。

2024年12月、元山のビーチリゾートを視察した金正恩総書記と娘(朝鮮中央通信)
2024年12月、元山のビーチリゾートを視察した金正恩総書記と娘(朝鮮中央通信)

コロナ禍で止まっていた観光産業の復活を急ぐ北朝鮮だが、その背景について専門家は国連制裁により苦境に立たされる経済状況があると指摘する。

梨花女子大学・北朝鮮学科 パク・ウォンゴン教授
梨花女子大学・北朝鮮学科 パク・ウォンゴン教授

梨花女子大学・北朝鮮学科 パク・ウォンゴン教授:
金正恩体制の大きな特徴の一つが、総書記自らが国家開発・経済発展に取り組んでいるということだと考えます。しかし国連制裁後、北朝鮮が現金を稼げる方法が明らかに減りました。金総書記は観光産業を国家産業として非常に強調していますが一番の理由はやはり外貨稼ぎの手段として観光産業がそれだけ有効だと考えているからでしょう。

国連は核・ミサイル開発を続ける北朝鮮に対し外貨収入を制限する目的で、2016年から2017年にかけ、輸出規制などの制裁を大幅に強化。その結果2016年には28億2000万ドルだった北朝鮮の輸出額は、おととし2023年には3億2500万ドルと大幅に減少した。このため北朝鮮は今、伝統的に外貨獲得手段としてきた観光産業の活性化を急いでいるとみられる。

突然のツアー中断は内部映像拡散・中朝関係などが原因?

約5年ぶりの再開となったツアーだが、そのわずか2週間後、北朝鮮は旅行会社に向けて「ツアー中断」を告げる。北朝鮮ツアーを企画した旅行会社の一つ、ヤングパイオニアツアーズの担当者も唐突な知らせに驚きを隠さない。

ヤングパイオニアツアーズ Rowan Beard氏
ヤングパイオニアツアーズ Rowan Beard氏

ヤングパイオニアツアーズ Rowan Beard氏:
知らせを受けた時、私は北朝鮮内にいたのですが驚きました。なぜなら、ツアーは成功していたからです。私だけではなく、現地の北朝鮮の旅行パートナーにとっても驚きでした。3月末に予定していたツアーもありましたし、4月末には、中東やアフリカのいろいろな国から(参加希望の)返事がありました。
(北朝鮮からの説明は)『ここからのツアーはすべて中止する』という連絡だけでした。なぜそうすることにしたのか、それ以上の連絡はありませんでした。私がこの状況について接触している全員から聞いたところでは、中朝間の政治状況に起因しているようです。

Rowan氏は、現在は観光客だけではなく、中国からの人の出入り全般が止まっていると説明。ツアー中断の原因には、最近ギクシャクした関係が続く中国と北朝鮮の間の政治的な問題があるのではないかと指摘する。

SNSの北朝鮮ツアーに関する投稿
SNSの北朝鮮ツアーに関する投稿

一方、韓国側では別の見方が出ている。今回北朝鮮を訪れた観光客はツアーの様子をSNS
に多数投稿していて、そこには移動中に撮影されたとみられる田舎の風景や人々の姿が数
多く映っている。北朝鮮は内部の姿が国際社会に急速に拡散している状況を警戒し、ツア
ーを中断した可能性があるという分析だ。

今後のツアー再開の鍵についてRowan氏は「これは私ではわからないことです。近日中に何らかの発表があると思いますが、現時点ではいつになるか情報はありません」と話した。

2024年12月、元山のビーチリゾートを視察した金正恩総書記(朝鮮中央通信)
2024年12月、元山のビーチリゾートを視察した金正恩総書記(朝鮮中央通信)

コロナ禍が明け、観光産業による外貨獲得を目指したその矢先、体制維持のための情報統
制や中朝関係の改善など、多くの課題に直面したとみられる北朝鮮。再びその扉を開くの
はいつになるのか、注目が集まる。

(FNNソウル支局 柳谷圭亮)

柳谷圭亮
柳谷圭亮

FNNソウル支局特派員。1994年生まれ。仙台放送報道部で県警・県政クラブ、東日本大震災関連ドキュメンタリー制作などを担当し2023年2月~現職。