韓国の特別検察官が、尹錫悦前政権による北朝鮮へのドローン侵入疑惑について、本格的な捜査を開始した。発端となっているのは、北朝鮮が2024年10月「韓国軍が平壌上空にドローンを飛ばしビラを散布した」と主張した出来事。韓国軍は事実関係の確認を避けていたが、実は「尹政権が北朝鮮に無人機を飛ばすよう指示し、攻撃を誘発しようとした」のではないかとの衝撃の疑惑にまで発展しているのだ。
外国との軍事衝突を誘発しようとする「外患罪」は、認められれば死刑か無期懲役が科される韓国で最も重い罪の一つだが、前の尹錫悦政権が「非常戒厳」を宣言する理由作りとして、無人機を飛ばした疑いがあると伝えられている。軍からの情報提供を受け国会で報告した国会議員は「知らぬ間に戦争がすぐそこまで近づいていた」と危機感をあらわにする。
北朝鮮外務省重大声明 「韓国の無人機が平壌上空を侵犯、重大な政治・軍事的挑発行為」
2024年10月11日夜、北朝鮮の通信社・朝鮮中央通信が「外務省重大声明」を配信した。声明は「韓国が10月3日、9日、10日の深夜時間を狙い、無人機を平壌市中区域上空に侵犯させ、数多くの反体制扇動ビラを散布した」と主張し、「重大な政治・軍事的挑発行為」だと強く非難した。南北の境界付近と韓国軍に対する攻撃態勢を整えるとし、報復攻撃も示唆した。

翌日には、金正恩総書記の妹・与正氏が談話を通じ「安全に重大な危害を及ぼした代償は必ず払うことになる」と警告。朝鮮労働党機関紙・労働新聞では10月16日の紙面の1面で「主権侵害に怒った140万人の青年・学生が軍への入隊を嘆願した」という記事が掲載された。北朝鮮側の一連の激しい反応は、内部での衝撃の大きさを物語っていて、南北間に緊張が走った。
そして最初の声明から約1週間後の10月19日、北朝鮮国防省が専門家の鑑定と分析を通じて、無人機は韓国軍の「ドローン作戦司令部」のものだとする調査結果を発表した。北朝鮮側はその後も、ドローンの操縦プログラムを分析して判明したとする飛行ルートを公開するなど具体的な指摘を続けたが、韓国軍は「一方的な主張」との立場を貫き、真相は不明のままとなっている。
「非常戒厳」により強まる、政府関与の疑い
しかし、2024年12月3日の尹錫悦前大統領による「非常戒厳」宣言が出されると、「無人機は韓国政府の指令で北朝鮮に送られたのではないか」と疑う声が大きくなる。戒厳宣言後、国会では当時野党の、共に民主党議員から「平壌に無人機を飛ばしたのは金龍顕国防相(当時)の指示」「戒厳宣言の理由を作るため企てた」との主張が出始めた。

尹氏の弾劾、罷免、それに伴う大統領選挙を経て、2025年6月に新たな大統領として共に民主党の李在明大統領が就任すると、国会は尹氏による「非常戒厳」宣言をめぐる捜査を専門に行う「特別検察官」を設置し、疑惑に関する捜査のスピードを上げた。
そして今、捜査は新たな段階へと進んでいる。7月14日、特別検察官のチームは韓国軍のドローン作戦司令部や国防省、軍の防諜司令部など24カ所の家宅捜索を実施。韓国メディアによると、特別検察官側は、尹前大統領が非常戒厳の理由をつくるために平壌に無人機を投入させ北朝鮮を挑発しようとした外患の疑いをめぐり、尹氏がドローン作戦司令部に対し無人機投入を直接指示したのか、また軍がこれを隠すために組織的に介入したかどうかを調べているという。
ドローンの目標地点は金正恩の公邸? 「知らぬ間に戦争は近づいていた」
国会では最近、与党・共に民主党の議員が、疑惑に関する驚くべき情報を報告している。

韓国軍の元将軍である共に民主党のキム・ビョンジュ議員は7月14日、国会最高委員会議で複数の関係者からの情報として、「韓国軍のドローン作戦司令部は少なくとも3回にわたり、7機の無人機を北朝鮮に送った」と明らかにした。

2024年10月3日の作戦では、北朝鮮の金正恩総書記の公邸とされる平壌の「15号官邸」一帯が目標座標だったと説明。さらに11月13日には、北朝鮮の海軍基地があり、潜水艦や護衛艦などが停泊する西部・南浦が目標座標で、「より危険性が高かった」と説明し、キム議員は「私たちが思っていたより、戦争ははるかに近づいていた」と危機感をあらわにした。

一方、軍のドローン作戦司令官は7月15日、韓国メディアからの質問に対し「当時、北朝鮮からごみ風船が飛んでくる異常な状況で、作戦司令部の命令により進行した作戦だった」として、平壌への無人機投入を認める発言をしている。しかし、「非常戒厳はニュースで初めて知った」として非常戒厳と作戦の関連や、“外患”への関与は否定した。司令官は「約30年間国家に献身してきたのに、一瞬でスパイ扱いとなり悔しい」と述べた。
特別検察官は7月10日未明、尹前大統領を、捜査当局による拘束を阻止するよう大統領警護庁に指示した特殊公務執行妨害などの疑いで逮捕したが、今回の逮捕状では北朝鮮へのドローン投入などによる外患の疑いについて記載されていない。
韓国と北朝鮮のみならず、地域情勢を揺るがす事態に発展する恐れもあった、尹前政権による北朝鮮へのドローン侵入疑惑。真相解明に向け、今後の捜査の行方に注目が集まっている。