選挙イヤーの先陣を切った台湾総統選

2024年が始まって早くも1カ月が過ぎる。今年は台湾やロシア、インドネシアや米国など各国で選挙が行われる選挙イヤーだが、その先陣を切って台湾では1月13日に次の指導者を選ぶ総統選挙が行われた。

その結果、現職の蔡英文民進党政権で副総統を務める頼清徳氏が当選した。頼氏は蔡氏と同じく自由や民主主義など同じ価値観を共有する米国などとの関係を重視し、中国の圧力に屈しない姿勢であることから、今後も中台関係の緊張は続く。

台湾新総統に選ばれた頼清徳氏
台湾新総統に選ばれた頼清徳氏
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米中対立や中台関係の緊張によって、近年日本企業の間では台湾有事を巡る懸念の声が広がっている。筆者は長年、海外進出企業向けに地政学リスクのコンサルティング業務に携わっているので、台湾有事を懸念する声が広がっているのは強く実感する。

頼政権下での中台関係の着目ポイント

では、頼政権下の中台関係において企業はどういった点に着目するべきだろうか。

まず、引き続き中国による経済的、軍事的威嚇は続く。蔡英文政権下、中国は台湾産の農産物や水産物の輸入を突然停止するなどしたが、軍事的な攻撃を具体的に仕掛けることには多大なリスクがある分、経済的な手段を使った攻撃が頼政権下でも行われる可能性がある。

また、既に常態化していることではあるが、中国軍機による中台中間線越え、台湾の防空識別圏への侵入なども続くことになる。

こういった状況で台湾事業の規模縮小、スマート化を行う企業は見られないが、一昨年夏に当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問した際、中国は台湾を囲むように大規模な軍事演習を行い、軍事的緊張が非常に高まった。

中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(2022年4月)
中国軍が台湾周辺で行った軍事演習(2022年4月)

その際、台湾からの唯一の安全な退避手段である国際線フライトの一部がストップするなど、台湾に進出する企業からは駐在員の安全を心配する声が多く聞かれた。頼政権下でも一昨年夏のような緊張が生じる可能性は十分にある。

そして、頼氏の当選で企業からは改めて台湾有事を巡る懸念の声が聞かれる。しかし、頼政権の誕生によってリスクがすぐに高まるわけではない。

台湾有事を巡るハードルと日本への影響

今日の中国軍に台湾統一をスムーズに実行できる能力や規模は整備されていないとの見方が大筋で、習政権としても軍事作戦で失敗は許されない。仮に失敗すれば共産党政権の権威が大きく失墜する可能性があり、軍事作戦の決断のハードルは高い。

中国軍による台湾攻撃のシミュレーション
中国軍による台湾攻撃のシミュレーション

また、台湾有事となると世界経済に与えるショックは計り知れず、米国などは中国に経済制裁を発動することも考えられ、不動産バブルの崩壊や経済成長の鈍化、外資の中国離れなど多くの経済的課題に直面する習政権としては取りづらい選択肢だ。習政権にとって最も重要なのは国内の安定であり、現時点で軍事的オプションは最良な選択肢ではない。

しかし、企業としては依然として中国は武力行使の可能性を排除しておらず、その行方は頼政権の中国への具体的な言動や振る舞い、中国側の反応によることを認識する必要がある。よって、台湾有事が発生した際のあらゆる影響を今のうちから想定しておくべきだろう。

仮に台湾有事となれば、その影響は台湾“外”にも波及する。たとえば、中国軍が台湾周辺の制空権や制海権を奪取してくることが考えられ、そうなれば台湾南部のバシー海峡から台湾東部海域を重要なシーレーンとする日本にとって大きな脅威となる。また、中国が実効支配を強化する南シナ海における船舶の航行にも影響が及ぶことが予想され、日本へ向かう石油タンカーや民間商船にとって大きな問題となろう。

台湾有事は日本のシーレーン防衛の大きな脅威に
台湾有事は日本のシーレーン防衛の大きな脅威に

また、台湾有事となれば日本は米国の軍事同盟国である以上、中国とは対立軸で接していくことになり、日中関係の悪化も避けられない。そうなれば、中国で事業を継続する日本企業は極めて政治的緊張が高い状況に置かれることになる。日本企業としては台湾有事を中国とは別問題と捉えてはならず、双方を同時進行で考えることが重要になる。

日本にとって最大の貿易相手は中国だが、近年日本企業の中国への進出や投資意欲は以前ほどではなく、脱中国依存を目指し、インドやASEANなどグローバルサウスへ接近する動きも見られるが、日本企業としては台湾情勢の行方も注視しながら脱中国依存の問題を考えることが重要になる。

(執筆:一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事 和田大樹)

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415