米国の大統領選挙の候補者選びが始まり、その第一弾の共和党のアイオワ州のコーカス(党員集会)に注目が集まっているが、実はアイオワ州で勝利した候補者は、その後、大統領になることはほとんどないというジンクスのようなものがある。

アイオワ州の勝者が大統領になったのは過去3回だけ

アイオワ州の大統領選候補者選びの党員集会は、1972年から始まった。以来、現職大統領など有力者が出馬して選択の余地がなく党員集会を開催しなかったり、無競争状態だった場合を除いて、民主党が11回、共和党が9回党員集会を開催して、それぞれ意中の候補者を選出している。

※注:2012年民主党は党員集会を開催したが、実質的候補者はオバマ氏だけだった
※注:2012年民主党は党員集会を開催したが、実質的候補者はオバマ氏だけだった
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その勝者たちとその後のなりゆきをまとめると別表のようになるが、アイオワ州の勝者がその後の党大会で正式な候補者に選ばれたのは20回中11回、さらに選挙戦に勝利して大統領に就任した回数は3回に過ぎない。

つまり、アイオワ州の党員集会でトップに立っても、その後の党大会で勝利した上、大統領選を制する保証は全くなく、逆に大統領への道が遠のくジンクスのようなことになると言えるだろう。

前回の大統領選では、アイオワ州ではバイデン大統領は4位だった
前回の大統領選では、アイオワ州ではバイデン大統領は4位だった

卑近な例で言えば、前回2020年の大統領選挙でアイオワ州で民主党のトップに立ったのはピート・ブティジェッジ氏(当時・インディアナ州サウスベンド市長)だった。しかし同市長の勢いはその後失速し、この年の党大会で候補者として選出され、その後、本選挙でトランプ氏を破ったバイデン大統領はアイオワ州では4位だった。

その前の2016年で大統領選に勝ったドナルド・トランプ氏も、アイオワ州では2位に甘んじた。トップはテキサス州選出のテッド・クルーズ上院議員だったが、トランプ氏は次のニューハンプシャー州の予備選で勝利を収め、その余勢をかって41州の候補者選びを制して党大会で指名を受けたのだった。

アイオワ州の党員集会は“敗者を脱落させる過程”

こうしたアイオワ州のジンクスの原因は、州の特異性にあるというのが通説だ。

アイオワ州は内陸の人口310万人余の小さな州(全米31位)で、農業が主要産業。人口の90%が白人で、福音派のキリスト教徒が多数を占める。そこから類推できるのは、アイオワ州の有権者は米国の平均的な国民よりも保守的な価値観の持ち主だということだろう。

原理主義的キリスト教の信仰が根強い白人社会のアイオワ州で支持される指導者は、多様化が進む米国社会全体では受け入れられにくいことは容易に想像できる。

デモインにあるアイオワ州議会議事堂
デモインにあるアイオワ州議会議事堂

それにもかかわらず、アイオワ州の党員集会が大統領選で注視されるのはなぜか。それは、アイオワ州の党員集会が単なる「投票」ではなく、手の込んだ「集会」だからではなかろうか。

党員集会は、今年の場合、1月15日午後7時(日本時間1月16日午前10時)に一斉にアイオワ州の約1700箇所の公民館や教会、あるいは個人の家など小規模な会場で始まる。集まった有権者は先ず各候補者の推薦者の話を聞き、その後、支持者ごとのグループに仕分けして集計されるが、その過程で参加者と推薦者との質疑が交わされたり、グループへの勧誘が行われたりもする。つまりそこでは「地をはう」ような選挙戦が展開されるわけで、各選対は約1700の集会に対応できる組織力が試されることになる。

その結果、準備不足の陣営はこの段階で大統領選を戦う資格がないことを露呈するわけで、アイオワ州の党員集会は勝者を選抜するよりも、敗者を脱落させる過程とも言える。

党員集会を前に、アイオワ州で演説したトランプ氏(1月15日)
党員集会を前に、アイオワ州で演説したトランプ氏(1月15日)

今回も、集会直前になって候補者の一人のクリス・クリスティ元知事(ニュージャージー州)が撤退を表明し、共和党の残る候補者は絞られてきた。

その中でも、事前の世論調査で圧倒的な支持を得ているドナルド・トランプ前大統領の優勢が伝えられているが、その後の党大会で党の指名を得て、本選挙でおそらくはバイデン大統領になるであろう民主党の候補者を破るには、ジンクスが邪魔しないだろうか。

そこで共和党の反トランプ派は、こへきて急速に支持を伸ばしているニッキー・ヘイリー元国連大使が、ジンクスの間隙をぬってトランプ氏を追い上げる余地があるかもしれないと期待をかけているらしいのだが……。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン・図解:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。