「日韓関係改善」。2023年はこの言葉を、会見や文化交流イベント、街頭インタビューなど様々な場面で本当によく耳にした。筆者は2023年2月に韓国・ソウルへ赴任したが、赴任前に「日韓間の懸案」として引き継いでいた様々な事案がことごとく進展し、そのスピード感に驚かされた。
一方、歴史問題を巡り「日本が謝罪すべきという意見ばかりで肩身が狭い」という話を、最近、韓国で学ぶ日本人学生から聞いた。取材をすると関係改善の雰囲気が漂う現在でも、日韓関係の根底には相反する認識があることを痛感した。
改善のきっかけは「元徴用工問題」の解決策
関係改善ムードを高めるきっかけとなったのが、2023年3月に韓国政府が発表した、いわゆる「元徴用工問題」の解決策だ。
第二次世界大戦中、日本統治下にあった朝鮮半島から日本に渡り、日本企業の工場などで強制労働させられたとする韓国人の元労働者やその遺族が、企業側に賠償を求めたこの問題では、2018年に韓国の大法院(最高裁判所)が新日鉄住金(現・日本製鉄)と三菱重工業に対して賠償を命じる判決を出した。日本政府にとってこの判決は、1965年の日韓請求権協定で問題を解決済みとする両国間の合意を覆すもので、日韓関係は「戦後最悪」と呼ばれる時期に突入した。
この記事の画像(10枚)そんな中、2023年3月に韓国政府が発表したのが韓国政府傘下の財団が日本企業の賠償を肩代わりし原告側に賠償金相当額を支払うという解決策だった。その後、2018年の判決で勝訴が確定した原告への支払いが進み、韓国政府は別の原告で係争中の訴訟でも、原告勝訴が確定した場合にはこの解決策を適用する方針を示している。
解決策の発表を機に、両国はトップが互いの国を訪れるシャトル外交を復活させ、2023年1年間に開かれた日韓首脳会談は国際会議の場も含めて計7回に上った。今や岸田首相と尹錫悦大統領のツーショットは見慣れたものになった。日本による韓国への輸出規制や、韓国による軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄通告など、かつて両国が互いに打ち出した対抗措置についても、今年になって解除・正常化が進んだ。
音楽・映画・食・旅行…交流拡大で国民の間でも高まる関係改善ムード
政府間交流のみならず、日常的にも日本と韓国の“距離”が近づいたと感じる。
日本におけるK-POPグループの人気は依然高く、韓国でもYOASOBIやあいみょん、米津玄師など日本人アーティストがブームになっている。日本の人気漫画「SLAM DUNK」のアニメーション映画や、新海誠監督の「すずめの戸締まり」が韓国で大ヒットしたかと思えば、韓国スイーツ「10ウォンパン」を元祖とする「10円パン」が日本の若者の流行グルメトップに輝いた。
観光の面でもお互いになくてはならない国となっている。日本政府観光局(JNTO)と韓国観光公社によると2023年1月から10月までの訪日韓国人観光客は552万人あまりで、外国人観光客の中でトップ。また訪韓日本人観光客は184万人あまりで、こちらも韓国を訪れた外国人観光客の中でトップだ。「渡韓○回」「月○回、韓国に通う―」とホットな韓国情報を発信する日本人のSNSが人気を集め、“韓国通”は立派なステータスになっている。
活発化した外交と、それに伴う関係改善ムードの高まりを感じた2023年だが、10月に気になる世論調査が発表された。
日本の言論NPOと韓国の東アジア研究所が2023年8月から9月にかけて両国民を対象に、それぞれの国の印象や日韓関係の現状について認識を調査した「日韓共同世論調査」。そのうち「相手国に対する印象」について、日本人の韓国に対する印象は「良い」が2022年より増加した一方、韓国人の日本に対する印象は「良い」が減少し「良くない」が増加した。関係改善ムードと逆行するような結果だ。
日本に対する印象が良くない理由…「歴史問題」を巡る不満
日韓共同世論調査で明らかになった、韓国人の日本に対する印象悪化の現状。理由を見てみると「歴史問題」を巡り韓国人は日本に対する不満を抱えていることが分かる。
まずお互いに「良い印象」を持つ理由を見てみる。日本人の場合「K-POPやドラマなどの韓国のポップカルチャーに関心があるから」(47.1%)がトップで「韓国の食文化や買い物が魅力的だから」(34.2%)が続き、文化や食べ物などを好印象の理由とする人が多い。
韓国人の場合「日本人は親切で、誠実だから」(49.8%)がトップだが、2022年の63.8%から大きく減少した。次に「生活レベルの高い先進国だから」(38.5%)が続いた。
なお「日韓両国の関係改善がこの一年間で急速に進んだから」を選んだ人は、日本人で14.4%なのに対し韓国人では3.1%で、韓国人にとってこの1年の関係改善の動きは日本に対する印象改善にあまり寄与していないことが分かる。
そして「良くない印象」を持つ理由としては、日本人の場合「韓国人の中に日本への根強い反発や対抗意識が見えるから」(64.9%)がトップ。そして韓国人の場合、圧倒的に多いのは「韓国を侵略した歴史を正しく反省していない」(65.4%)で、「独島をめぐる領土対立」(50.4%)が次に続く。元徴用工問題の解決策をはじめ、「歴史問題」を巡る日本への不満が印象悪化につながっていることが明確に分かる。そしてこれは20歳未満から70歳以上のどの世代においても同様の結果となっている。
「歴史問題」は“別問題” 韓国で暮らす学生たちの実感
関係改善ムードが高まる一方で韓国人の日本に対する印象が悪化している現状について、韓国に暮らす両国民はどんな実感を持っているのだろうか。文化的な交流の中心であり、関係の改善基調を支える20代の学生たちに話を聞いた。
ソウル市内の大学で政治外交について学ぶ日本人の男子大学生は、元徴用工問題の解決策をテーマに行った討論型の授業の際、韓国人学生の7~8割が「日本に譲歩してまで問題を解決すべきではない」「日本は謝罪するべき」という考えを明確に持っていたと話す。解決策によって関係改善をすべきという人は自分くらいで、発言の際には肩身の狭い思いをしたという。一方、普段から日本の文化や政治について話す機会があるかと聞くと「ほとんどない」とのこと。元徴用工問題や、福島第一原発の処理水問題で世論がヒートアップした時以外には学生たちも「基本的に日本に関心が無い」という。
別の大学に通う韓国人の男子大学生はJ-POPをよく聞いている。日韓関係が悪化した3年ほど前には、J-POPが好きという人に対する拒否感を感じていたが、「今はなくなりつつある」と話す。周りには日本文化が好きで日本語が上手な人も多いという。一方で、歴史問題については「日本統治時代の歴史について学校でしっかりと学ぶ」とのこと。日韓関係の歴史は大学受験でも必要な知識だ。一生懸命「正解」を叩きこまれてきたことも、若いうちに「歴史問題」に対する明確な意見を持っている理由かもしれない。
外交の活発化と、民間交流の拡大で「日韓関係改善」は進んでいるように見えるが、韓国側にとって「歴史問題」は別問題。丁寧な議論と対応を求められていると感じる。
日韓外交を専門とし、元徴用工問題に関する官民協議会のメンバーも務めた、峨山政策研究院の崔恩美(チェ・ウンミ)研究委員も「民間交流は大事だが、それぞれの国を楽しむ単純な往来、文化の交流が増えるだけでは相互理解にはつながらない」と話す。韓国人の対日感情悪化につながった元徴用工問題の解決策については「現実的な策」と評価する一方で「(日本政府が)謝罪と反省の気持ちを表現しておらず責任を伴う行動が無いと多くの韓国人が感じていて、納得しづらい面があるだろう」と分析。関係改善により互いの国への印象が良くなったとしても徴用の問題は再燃する恐れがあるとして、若い世代は互いの立場に立った歴史認識の理解を深め、政府は様々な分野の知恵を出し合い未来志向的な新たな「共同宣言」発出に向けた議論が必要だと指摘する。
韓国総選挙は日韓関係の影響は
関係改善ムードの一方で「歴史問題」という火種がくすぶる中、2024年4月には韓国の国会議員選挙が行われる。尹錫悦政権を支える少数与党「国民の力」と、最大野党「共に民主党」が対峙する見通しだ。現在の議席は、文在寅前政権による新型コロナ対策が奏功し、当時与党の「共に民主党」が大勝した結果だが、最近の世論調査でも「国民の力」は劣勢に立たされている。
韓国・ギャラップの世論調査(2023年12月1週目)によると、「与党議員の当選を支持する」が35%、「野党議員の当選を支持する」が51%と、与党は野党に大きく水をあけられている。仮に与党「国民の力」が過半数を取れないとなると、国政運営にブレーキがかかり尹政権はレームダック(死に体)に陥る可能性がある。
日韓関係改善にまい進してきた尹政権が機能不全となった場合、日韓関係にはどのような影響が出るのだろうか。
韓国政治に詳しい、神戸大大学院の木村幹(きむら・かん)教授は、「与党が過半数を取れない場合、恐らく2024年後半にはレームダック化し、少なくとも現在のような外交政策はとれなくなる」と語る。首脳会談による様々な分野での合意を具体化するための後続措置や、経済協力などにストップがかかる可能性を指摘する。
一方で、日韓関係への影響は「それほど大きくない」との見方も示す。「現状、対日政策は支持率や票への影響が少ない。実際2023年も元徴用工問題解決策の発表や、福島原発処理水放出に理解を示す立場をとるなど、国内からの厳しい反発を受ける局面を迎えたが、支持率や票はほとんど動かなかった」とのこと。つまり、次の総選挙で与党が負けても、支持獲得のために対日政策のスタンスを大きく転換するとは考えにくいということだ。仮に総選挙で与党が負けてその先に政権交代があるとしても、「日本は是々非々で対応しつつ、両国民が観光旅行を楽しめるような状態を維持するようにすることが大事」と木村教授は語る。
2024年、4年に一度の国会議員選挙を迎え、今後は政治家の動きや報道も活発化すると予想されるが、その経過と結果を冷静に受け止め、引き続き両政府と両国民の対話と交流を途切れさせない努力が求められる。
(FNNソウル支局 柳谷圭亮)