従来のように学力だけで入学してくる学生はすでに少数派という現代の大学受験。
これまで受験=一般入試と考えられていた大学入試がここ最近で変化し、総合型選抜(旧AO入試)に特化した学習塾も出現している。
「認知(学力)+非認知(人間力)」が問われる総合型選抜受験を専門とする学習塾AOIの代表、小澤忠さんに、非認知能力育成のパイオニア・ボーク重子さんが「変わる受験」をテーマに話を聞いた。
「AO入試」が「総合型選抜」に
総合型選抜は「AO入試」の新名称で2021年度入試から言い方が変わりました。
従来の「推薦入試」も「学校推薦型選抜」と変わっています。総合型選抜は志望理由書や小論文、面接などから入学志願者の能力や意欲、目的意識等を多角的・総合的に評価・判定する入試方法です。
9月頃から出願が始まり、早いものでは11月頃には合否の結果が出るため、もしこの入試を選んだ場合は年内に進学先が決まるということになります。
小澤さんは「子どもたちが本当にやりたい人生を生きるための第一歩目を踏み出して、志望の大学に届けることをしている。
一歩目のサポートしかできないですが、大学に受からせることがゴールではなく、通過点。自己分析を通して、一番やりたいこと、学びたいことを一緒に探すことがAOI」と語ります。
「社会的成功」の先に見えたもの、見えなかったもの
――これだけ社会が変わってきていても、総合型選抜に特化した塾を起業するにはかなりの勇気とモチベーションが必要だったと思うのですが。
いわゆる年収や、社会的ステータスを手に入れたけど、そこに到達した時に全然いい景色がなかったんです。立命館大学に行き、その後は野村証券に就職し、Merrill Lynch PB証券に行って、32歳ぐらいまでは普通のサラリーマンをしていました。
社会のレールから落ちないように走ってきて、30歳の時に年収が3000万円くらいになりました。でも僕は自分が嘘の人生を歩んでいるんじゃないかという気がしました。
――いわゆる従来の社会的成功は手に入れたけど、なんか違う?
あの山の頂上から、めちゃくちゃ絶景が見えると信じて、そこまで走ったら何もなかったんです。美味しいご飯食べるとか、豪華な旅行に行くみたいな話ばっかりして、あと30年今やっていることをやるっていうことは、僕は興味を持てなくて。
そして自分の人生はこのためにあったんじゃないって思ったのです。そこからどんどん振り返りをしていくうちに、自分がやりたいことを本気で言える、そこを後押しできる「教育」を今から作っていかないといけない。
そうしたら自分が取り戻せるんじゃないかという気がしました。それには“総合型選抜”が合っていると思えたのです。それで今、AOIでは「自分がやりたいこと語る」という教育をしています。その子がやりたいことを全肯定することがAOIの真髄です。
自分の人生の主役であり続ける
2016年に開校したAOIは、主に教育事業を行う株式会社花形が運営。
フルオーダーメイドで面接や書類添削など、個別・少人数での授業を行い、本社のある京都校、大阪校、西宮北口校、渋谷校、メタバース校など全国・全世界に5校舎を展開。
現在約400人が通い、100人ほどがメタバースで授業を受けているようです。
――全肯定されたら「自分は自分であっていい」と思える心理的安全性が担保されます。そんな中でこそ自分の可能性を最大化できることはGoogleの「プロジェクト・アリストテレス」と呼ばれた調査をはじめ、いろいろなところで証明されています。
ところでAOIを運営する小澤さんの会社名は花形ですが、どんな想いが込められているのでしょうか?
歌舞伎には花形役者という主役がいます。自分の人生においても自分が主役で花形なはずなのに、いつからか主役じゃなくなる。自分の人生の花形から降りている人たちがいっぱいいます。
――もしかして自分の“人生の主役”になって欲しい、ということ?素敵です。
人生の主役から降りてしまうのがどこから始まるかと言うと、高校生くらいからなのです。5歳のときの夢を、高校生くらいになるとほとんど語れない。
理想と現実があって、周りもみんな大学に行くから自分も行かないといけない。周りもみんな就活しているからしないといけないとか、日本はいまだにベルトコンベアー方式でそこからこぼれないようにしているんですけど、自分の人生の文脈を失った瞬間に花形ではなくなる。
(ボークさんが暮らす)アメリカってそうでもないですよね。インターンとかいろいろやりながらなので、決まったタイミングで動くわけではない。いろいろなことが自由なタイミングです。
――確かに高校卒業してから“ギャップイヤー”といって大学進学を一年遅らせる制度もあります。娘はバレエをやっていたのですが、バレエ団に行く代わりに高校卒業後すぐ大学に行きました。
でも友人の中には数年バレエ団で踊った後に大学に行く子もたくさんいました。大学卒業後も同様で、就職する子もいればボランティアで海外に行く子もいます。大学院もありだし。
僕は小さい時、「宇宙飛行士になりたい」「プロ野球選手になりたいな」みたいなこともありましたけど、「チビやからムリやぞ」「勉強できひんのに無理や」みたいなことをずっと言われてきて、「確かにそうかもしれないな」って思ってしまっていました。
それを突き抜ける原動力とかもありませんでした。「やってやるぞ」と思っていながらも「無理かもな」って思っている自分がいました。頑張りきれなかった自分に対して後悔がありました。
――そんな想いからの起業、そして花形。ものすごいパッションを感じます。
総合型選抜受験の今後と機会格差
今年3月31日に文部科学省が発表した「大学入学者選抜の実態の把握および分析等に関する調査研究」によると、大学入試において一般・総合型(旧AO入試)・学校推薦型選抜で比較すると、2022年度は一般が49.7%、総合型が19.3%、学校推薦型が31.0%でした。
2020年度には半数以上の52.2%あった一般選抜などが減少し、当時13.4%だった総合型選抜がだんだんと伸びてきています。
――AOIに来る子の親御さんはどんな感じですか?
とても教育感度が高くて、どちらかというと自由度が高いご家庭の親御さんが多いかと思います。でも「この子にはAO受験が向いている」と決めてお子さんを連れてくる親御さんもいらっしゃいます。
――今後総合型選抜受験はどうなっていくと思いますか?
この受験方式は大きな可能性を持っていると私は思います。受験者数は伸びているし、総合型選抜の実施大学は広がっていて、親御さんの中でも情報感度が高い人はそれらを知っています。
――私も受験生を学力というたった一つの評価軸で決めてしまうのではなく、いろいろな強み、多様な評価軸で受験生を評価する総合型選抜に大きな希望を感じます。
多様な個性・強みが集まるからこそ社会は発展していきます。強くなります。今のアメリカの大学受験の基本はホールチャイルドアプローチと言って、受験生を多角的に評価しています。
アメリカには大学受験コンサルタントがいるのですが、そこでは大学受験の準備としてエッセイ(小論文)の書き方や、自分の強みをより尖らせたり、面接のための自己紹介やディスカッションのやり方、そこで必要な論理的思考や問いを立てる力を訓練します。
でもこういう受験を知っている人は関東(東京)や関西(大阪)以外でほとんどいないのです。
情報はネットで取れるけど、先輩や先生、親からも言われず、調べる起点となる材料を知らない受験生も多い。親の課題はかなり大きいと思っています。
なぜなら高校生の親世代が45〜55歳くらいで、この受験を受けた人はほぼゼロ。自分の世代にないものだったので否定的になりやすい。
――わかる!それはグローバル社会の教育のスタンダード「認知︎+非認知」に対しても同様だから。日本の大学受験が変わっているのはグローバル社会の教育の変化に追随しようとしているからであって、そのために教育も「認知︎+非認知」にシフトしようとしている。
認知(学力)オンリーへの逆行はない。でも自分たちの世代の成功法則からシフトできない、したくない。だからこそ一刻も早くシフトしたご家庭のお子さんは変わる教育、変わる社会において大きなアドバンテージを得ることになります。
メンターは大学生が中心
――見学していて気がついたのは生徒さんのメンターのほとんどが大学生ということ。それはどうしてなのでしょうか?
総合型選抜を専門とするAOIでは自分がどんな夢を持っていて、どうやって叶えていくかが重要です。AOIは生徒とどれだけ視座を同じくして向き合えるかを大事にしています。
大学生自身がやりたいことや取り組んでいることを語れるのがよくて、それを実践しているちょっと上のお兄さんお姉さんが近くにいる。そうすると「取り組みたいことができるんだ」と思うことができる。
――まさに非認知能力育成の基本、ロールモデルの存在です。
メンターが社会人のプロじゃないということを揶揄されることもあります。
ですが社会人が従来のティーチングで授業したら「こうすべき」や「こうすればいい」というバイアスが入る。そうすると目線が変わってしまいます。
――個人の力を最大に引き出す横並びの関係ではなく、従来の押さえつけるトップダウン型になってしまいます。それに確かに大学生のメンターだと年齢的にも近いからメンターの受験生に対する共感力が高そうです。それは横並びの関係性を作るために重要ですね。
実際にAOIで沖縄県から総合型選抜で都内の大学に進学したメンターの大学生にも話を聞けました。
現在、立教大学コミュニティ福祉学部コミュニティ政策学科1年の平良吉志登(たいらよしと)さんは、高校3年生のときに沖縄県立高校の冷房稼働状況改善へのアクションを起こしたことをきっかけに学生の権利保障の活動を始めます。
大学では教育社会学・地域間教育格差・貧困学を専攻しているとのことです。
「沖縄での高校生時代に沖縄県で教育予算が少なくて、冷房が28度以上じゃないと冷房をかけられないことに対して、学生主体でアンケートを集めて、『こう思っていますよ』と県・教育長に出した結果、補正予算3億円ほどいただいて、毎年冷房をどんな状態でも稼働できるように改善しました」(平良さん)
――素晴らしい主体性、自己効力感、共感力、主体性そして「社会の役立つ一員となる」社会性+非認知能力が育成される素晴らしい機会です。今後はどうしたいですか?
“学校の閉鎖性”をいろいろな方向からアプローチしたい。そしてキャリア教育という路線から沖縄の現状を変えていこうという活動もしています。
取材を終えて
子どもたちが自分らしい夢を見て、自分らしい人生を構築することができるようになるために立ち上がったAOI。そこでは“社会の役立つ一員になる”という社会性と、共感力、そして協働力に優れたメンターがいる。
アメリカも20年くらい前まではSATという共通の学力テストの点数が大学受験の評価軸でした。それが今では学生を多面的に評価するホールチャイルド、ホールパーソンアプローチが主流です。なぜなら同じ人が集まっても革新的なことは何も生まれず、国が弱くなるからです。
だからこそ、一人一人の個性と強みが問われる総合型選抜受験に非認知能力(人間力・生きる力)育成のパイオニア、ボーク重子は希望を感じるのです。
これからも一人一人の個性を全肯定し、強みをますます尖らせ、「自分は社会をより良くするために何ができるのか?」という問いを立てる力を磨くことを導いて、日本を牽引する次世代を育成していってくださいね。
最高に応援しています。