令和初の「天覧競馬」となった「第168回天皇賞」。

天皇皇后両陛下は東京競馬場で約8万人の大観衆と共に、歴史的な「イクイノックス」の勝利を称えられた。

この日の観戦から見えた皇室と競馬の深いつながり、そして両陛下の競馬への思いとは。

「すごいレースでしたね」令和初の「天覧天皇賞」

朝方の雨があがり、秋晴れの東京競馬場で行われたG1レース、秋の「天皇賞」。

陛下のネクタイと皇后さまのパンツスーツはワインレッドで色味を揃えられ、秋らしい装いの両陛下の姿が出走予定の10分ほど前、大型スクリーンに映し出された。

東京競馬場を訪問された両陛下 10月29日
東京競馬場を訪問された両陛下 10月29日
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来場を告げるアナウンスがかき消されるほど、8万人近い大観衆から歓声があがった。11年ぶり、令和初の「天覧競馬」。殊に競馬ファンにとって「天覧」の「天皇賞」は特別で、地鳴りのような歓声に両陛下は「フジビュースタンド」にある貴賓室のバルコニーから笑顔で手を振って応えられた。

 
 

出走する11頭がゲートインを待つ待避所を盛んに双眼鏡で見つめられ、競馬初観戦の皇后さまはスタートとゴールの位置をJRAの吉田理事長に確認されるなど、レースへの期待を刻々と高められていた。ファンファーレが鳴ると手拍子を取り、レースが始まると両陛下は立ち上がったまま双眼鏡から目を離すこと無く、馬の姿を追い続けられた。

去年の秋の天皇賞を勝ち、G1レース4連勝中の1番人気「イクイノックス」は、最後の直線で後続を突き放して圧勝。

優勝した「イクイノックス」
優勝した「イクイノックス」

両陛下はここで、やっと双眼鏡から目を離し、1分55秒2という芝の2000メートルの日本レコードでの優勝が分かると、陛下は目を開き感嘆されていた。

どよめきと大歓声の中、ウィニングランを終えたルメール騎手がバルコニーの下でヘルメットを取って馬上から一礼し、両陛下は大きな拍手で称えられた。

馬上から一礼したルメール騎手
馬上から一礼したルメール騎手

陛下は「すごいレースでしたね」と振り返り、皇后さまは「他の馬も頑張りましたね」と健闘を称えられていたそうだ。

歴代天皇が競馬に心を寄せ 英王室とも競馬を通じた交流

「古馬最高の栄誉」と言われる伝統ある天皇賞。その名前の通り、皇室と競馬の関わりは深い。

明治天皇は欧米諸国に対抗するため、日本産の馬を改良する必要があると考え、1905年(明治38年)に創設された「エンペラーズカップ」が現在の天皇賞へと繋がっている。

エンペラーズカップの優勝杯 
エンペラーズカップの優勝杯 

大正天皇、昭和天皇も皇太子時代に各地の競馬場に足を運び、昭和天皇はイギリスやフランスでも競馬を観戦している。

上皇さまは幼少期から馬に親しみ、高校時代は馬術部の主将を務められるなど馬術に堪能で、1953年(昭和28年)にはイギリスでエリザベス女王の戴冠式に出席した後、女王の案内でダービーを観戦された。

エリザベス女王と競馬観戦される上皇さま 1953年
エリザベス女王と競馬観戦される上皇さま 1953年

1976年(昭和51年)のご夫妻揃っての訪英時は、女王と共にロイヤルアスコットで競馬を観戦し、1986年には来日した女王の夫、故フィリップ殿下を東京競馬場に案内された。

故フィリップ殿下を東京競馬場に案内された上皇ご夫妻 1986年
故フィリップ殿下を東京競馬場に案内された上皇ご夫妻 1986年

イギリスとの友好親善には競馬も重要な役割を果たしている。

天皇賞を観覧された上皇ご夫妻 2012年
天皇賞を観覧された上皇ご夫妻 2012年

即位後の2005年、天皇皇后として秋の天皇賞を観戦され、明治天皇以来106年ぶりの「天覧競馬」が実現し、2012年にも天皇賞を観覧されている。

エリザベス女王と競馬観戦 陛下は「人生初の馬券」購入

こうした上皇さまのもと、陛下は幼い頃から乗馬をたしなみ、ご家族でポロを楽しまれることもあった。

ご一家で乗馬を楽しまれる 1976年
ご一家で乗馬を楽しまれる 1976年

英オックスフォード大学留学中には2度、「ロイヤル・アスコット」で王族と共に競馬を観戦された。「ロイヤル・アスコット」は毎年6月に行われる英王室が主催する競馬。

乗馬を楽しまれる天皇陛下 1976年
乗馬を楽しまれる天皇陛下 1976年

エリザベス女王の競馬好きは有名で、陛下は著書『テムズとともに』の中で、女王が馬車で競技場に入場し、パドックに顔を出すリラックスした様子が思い出に残り、「おそばで拝見していてその様(競馬好き)はよく分かった」と記されている。

陛下の著書「テムズとともに」
陛下の著書「テムズとともに」

さらに、アスコットでは「人生初の馬券」を勝い、賭け事にも挑戦された。

「見事に失敗した。わずか2ポンドほどの額であったため懐にはひびかなかったが」とユーモアを交えて賭け事デビューの思い出も明かされている。

陛下は日本ダービー2度観戦 「よく覚えています」

今年は競馬法制定100周年にあたる。両陛下は場内にある競馬博物館を訪れ、歴代天皇が心を寄せてきた日本競馬の歩みについて紹介する特別展も鑑賞された。

明治天皇の競馬場訪問の様子など熱心に質問を重ねられ、さらに陛下は皇太子時代に2度観戦された日本ダービーについての展示では、一段と懐かしそうな笑顔を見せられた。

日本ダービーを観戦された天皇陛下 2007年
日本ダービーを観戦された天皇陛下 2007年

1度目の2007年、「ウォッカ」が史上3頭目の牝馬によるダービー制覇となったことを「よく覚えています」と頷かれた。

競馬博物館では競馬法100周年特別展をご覧に 10月29日
競馬博物館では競馬法100周年特別展をご覧に 10月29日

2度目の2014年に優勝した「ワンアンドオンリー」のゼッケンを見て「サインが入ってますね」とうれしそうに見つめ、馬も馬主も横山騎手も陛下と同じ2月23日が誕生日で当時話題になったとの説明に、両陛下は「偶然ですよね」と微笑まれた。

ワンアンドオンリーのゼッケン
ワンアンドオンリーのゼッケン

この2度の日本ダービーで優勝ジョッキーが使用した鞭の実物に顔を寄せ、「この付いてるひらひらは?」と同時に質問された。

2007年と2014年に使用された鞭 10月29日
2007年と2014年に使用された鞭 10月29日

鞭は「打つ」と言うよりも、風を切る音で馬に指示する役割があるとの説明に深く納得し、皇后さまは「騎手によって違いが?」とオーダーメイドであるかどうかを確認されていた。

「先週もルメールさんでしたね」負傷の武豊騎手も気遣われ

長女の愛子さま共々、天皇ご一家は馬がお好きなことはよく知られている。

皇后雅子さま33歳の誕生日の際に公開された映像 1996年
皇后雅子さま33歳の誕生日の際に公開された映像 1996年

御料牧場での滞在中に馬と触れあったり、10月には皇居の厩舎で伊勢神宮の「神馬」になる馬を訪ね、ニンジンを与え、心からの笑顔で慈しまれていた。

伊勢神宮に「神馬(しんめ)」として贈られる馬と対面された 10月12日
伊勢神宮に「神馬(しんめ)」として贈られる馬と対面された 10月12日

今回お二人揃って競馬を観戦出来ることをとても楽しみにされていたといい、陛下が「どの馬が先行するんでしょうか」と尋ね、皇后さまが「先週の菊花賞も(優勝は)ルメールさんでしたね」と話すなど、入念な準備をされたことも伝わってきた。

レース後、両陛下から声をかけられたルメール騎手は、「両陛下が大変競馬に詳しくてびっくりした」という。

また、この日第5レース直後に負傷し、天皇賞への出場が叶わなかった武豊騎手に「お見舞いをお伝え下さい」と気遣われたそうだ。

ようやく叶った両陛下揃っての観戦 「馬券は買っていないのでJRAに貢献していません」

競馬場を後にする際、陛下は「素晴らしいレースを見せていただきました」、初観戦を終えた皇后さまは「おかげさまで大変楽しませていただきました」とそれぞれ笑顔で感謝の気持ちを示された。スポーツがお好きな両陛下は、時折テレビの競馬中継もご覧になっていて、競馬場で多くの競馬ファンと共に観戦出来たことを喜ばれていたという。

これまで2度の競馬観戦は、いずれも皇后さまは体調面で同行が叶わず、陛下お一人だった。

皇后さまの馬への深い愛情や、皇室にゆかりのある競馬に寄せる思いを知っているだけに、陛下は競馬場の景色を皇后さまに見せたいと願われていただろう。

また皇后さまも同行出来る日を心待ちにされていたことが、いつも以上に表情豊かな陛下の様子や、皇后さまの言葉から、ひしひしと感じられた。

「馬券は買っていないので、JRAに貢献していません」
ようやく実現したお二人揃っての競馬観戦を、陛下は得意のユーモアを交え側近に報告されたそうだ。

「世界最強」とも言われる名馬「イクイノックス」が伝統の天皇賞で成し遂げた歴史的な連覇を両陛下は一緒に見届けられた。その大切な思い出を愛子さまにお伝えになるであろうご一家の団らんを思い浮かべながら府中の森を後にした。

宮﨑千歳
宮﨑千歳

天皇皇后両陛下や皇族方が日々取り組まれる様々なご活動をより分かりやすく、現場で感じた交流の温かさもお伝えできるような発信を心がけています。
宮内庁クラブキャップ兼解説委員。1995年フジテレビジョン入社。報道局社会部で警視庁クラブなどを経て、2004年から宮内庁を担当。上皇ご夫妻のサイパン慰霊の旅、両陛下の英エリザベス女王国葬参列などに同行。皇室取材歴20年。2児の母。