「福祉施設をリブランディングする」

社会に適応できず働くことが難しい女性や、障がい者と診断されていないいわゆるグレーゾーンの若者たちのために、安心して働ける場所をつくろうという取り組みが岐阜で行われている。

女性が障害者施設で働けない理由とは

「これまで発達障害などで働くことができなかった女性たちは、自宅にこもっても『家事手伝い』として可視化されることはありませんでした」

こう語るのは一般社団法人サステイナブル・サポート代表理事の後藤千絵さんだ。

後藤千絵さん「これまで働けない女性は可視化されなかった」
後藤千絵さん「これまで働けない女性は可視化されなかった」
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「こうした女性が障害者施設で働けない理由は2つあります。まず施設の利用者は男性が多く、経営者も多くが男性なので、お手洗いですとか施設の作りが全体的に女性向けになっていないんです。またパートナーや父親など家族から暴力を受けていたため、男性がいる環境が怖いという女性が実はとても多いのです」

誇りとやりがいを提供する施設をつくる

働きたくても働く場が無いという女性たちが安心して通える障がい者施設をつくりたい。そう考えた後藤さんは2019年、「alley(アリー)」という就労継続支援B型事業所(※注)をつくった。

アリーがあるのは岐阜市内の河原町。格子戸のある日本家屋が続く、古い町並みがいまも残る地域だ。アリーも古民家を改装した瀟洒なたたずまいとなっている。

(※注:障害のある人が雇用契約を結ばず就労訓練を行うことができる福祉サービス)

岐阜市の河原町は古い町並みがいまも残る(右手前がアリー)
岐阜市の河原町は古い町並みがいまも残る(右手前がアリー)

筆者が中に入ると女性たちが竹を束ねるような作業を行っていた。何をしているか聞くと岐阜の伝統工芸である和傘の骨組みをつくっているという。

なぜ和傘なのか?その理由を後藤さんは「誇りがもてる仕事を作っていきたいと思った」という。

「アリーの利用者には福祉事業所に行くのに抵抗感がある方もいます。ですがここでは地域の文化や伝統に関わる仕事をやっているという誇りを持てます。利用者の中には『ここでは伝統文化に関わる仕事ができるから来ました』という方が多いです」

伝統工芸である和傘の骨組みをつくる
伝統工芸である和傘の骨組みをつくる

またアリーは週末になると「帰蝶」という一棟貸しの宿泊施設に変わる。アリーの利用者は、帰蝶の掃除洗濯からアメニティの準備、またブログやSNSのアップなども行っている。伝統文化の作り手であり、古民家宿の運営も行う。B型事業所の平均工賃は決して高いとは言えないが、この施設では誇りとやりがいという大切な価値を提供しているのだ。

発達障害に特化した就労支援を立ち上げる

後藤さんがサステイナブル・サポートを設立し、障がい者の就労支援「ノックス岐阜」を始めたのは2015年だ。そのきっかけとなったのは自身が就職氷河期世代だったことだという。

「その時代は働きたいと思っても働けない人がたくさんいました。日本の社会は新卒採用というレールから一度外れてしまうと軌道修正が本当に難しいと感じましたね」

(イメージ)
(イメージ)

その後大手の人材会社で就労支援をしていた後藤さんは、あることに気が付いた。

「働きたいけど働けないという高学歴の方がいたのですが、その多くが精神疾患を抱えていたり、発達障害と診断は受けていない“グレーゾーン”の方だったことが分かりました。岐阜にはまだ発達障害の方に特化したような就労支援の事業所がなかった。そこで自分でやろうと『ノックス岐阜』を立ち上げたのですね」

若者を孤立させない予防的支援を開始

「ノックス岐阜」の利用者は、学生時代から孤立しコミュニケーションや生活面で課題がある若者が多かった。しかしその多くは卒業後に発達障害や精神疾患の診断を受けていた。

「ある30代の男性は『自分は社会の役に立たないと言われる。生きる意味がないんじゃないか』と泣きながら話していました。そういう話を聞きながらもう少し早い段階でその方の特性を理解する人がいれば、そんなにつらい思いをせずにいられたんじゃないかと思ったのです」(後藤さん)

そこで後藤さんが立ち上げたのはキャリア支援プログラム「キャリプロ」だ。ここでは就職活動やコミュニケーションに不安を抱える学生を対象に就活講座などを行い、在学中からの支援を行っている。「キャリプロは予防的支援です」と後藤さんは語る。

「学生時代に発達障害の症状があっても支援が受けられず、社会に出てつらい思いをして鬱を発症するケースも多い。だから早い段階での支援をしようとスタートしたのです」

誰もが生き方を選択できる社会を目指す

さらに社会に出たものの働けなくなった若者には、居場所も提供している。

「すぐ気持ちを切り替えて次に進める若者もいれば、2、3年モラトリアム期のように自分探しをする若者もいます。その間社会の中で孤立させないために『ぎふキャリアステップセンター』では、社会とのつながりをつくるサードプレイスとしてキャリア支援やアルバイト体験を提供しています」

ぎふキャリアステップセンターではキャリア支援やアルバイト体験を提供
ぎふキャリアステップセンターではキャリア支援やアルバイト体験を提供

後藤さんは昨年猫カフェ「猫影」をオープンした。保護猫活動のスペシャリストと連携することで障がい者のやりがいのある仕事を創出する。領域の異なる社会課題をいわば一石二鳥で解決する仕組みだ。

後藤さんは「障がいのイメージを変え、誰もが生き方を選択できる社会をこれからも目指していきます」という。「のりしろのある支援」が社会に埋もれている、生きづらさを抱えた人たちの孤立を防ぐのだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。