子どもへの性犯罪が後を絶たない。8月には大手の中学受験学習塾「四谷大塚」で教え子の女子児童のわいせつな姿を盗撮した疑いで、元講師が逮捕された(9月再逮捕)。また9月11日には東京都内の公立中学の現職校長が、女子生徒のわいせつ画像を保管した疑いで逮捕された。

逮捕された校長は校長室にわいせつ画像を保管していた
逮捕された校長は校長室にわいせつ画像を保管していた
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こうした教育や保育の現場で性犯罪・性暴力から子どもを守ろうと導入を検討されているのが「日本版DBS(※)」だ。しかしこの仕組みの導入には大きな課題があるという。取材した。

(※)Disclosure and Barring Service の略。

性犯罪の前科は5年で消滅する

こども家庭庁の有識者会議では今月12日、「日本版DBS」に関する報告書をまとめた。「DBS」とは、子どもに接する仕事に就く際に性犯罪歴等についての証明を求める仕組みで、イギリスなど主要な先進国で導入されている。
そのためこども家庭庁の有識者会議では今年「日本版DBS」の導入に向けたヒアリングや議論がなされた。

こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者の会議 
こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者の会議 

「日本版DBS」の導入にあたっては、大きく2つの論点があった。
その一つが確認対象とする性犯罪歴だ。日本の刑事政策には「刑の消滅」があり、刑法第34条の2により禁固刑は刑の執行終了から10年、罰金以下の刑は執行終了から5年が経過すると刑は消滅する。報告書では性犯罪の前科を対象とするとしながらも、その対象期間は必要性、合理性を踏まえ「一定の上限を設ける必要がある」としている。

性犯罪者に国が「無犯罪証明書」を出せる

「5年たったら性犯罪者に国が『無犯罪証明書』を出せる、と報告書は提言しています」

こう語るのは元文科省副大臣で公明党衆議院議員の浮島智子氏だ。

「この仕組みでは子どもに対する性犯罪を行った者が再び子どもに関する仕事に就くことを国が“公認する”ようなもので、子どもたちを危険にさらすことになります。国から無犯罪証明書を得た性犯罪者が、再び子どもたちに性暴力を行った場合、国はどう責任をとるつもりなのでしょう」

浮島氏「この仕組みでは子どもたちを危険にさらすことになる」
浮島氏「この仕組みでは子どもたちを危険にさらすことになる」

昨年4月に施行された「わいせつ教員対策法」では、児童生徒に性暴力を行った教員に対して事実上2度と教壇に立たせない仕組みができている。
この法律が成立する以前は、子どもに性暴力を行い懲戒処分となった教員でも、3年経過すれば教員免許を再び取得することができた。
そのために性犯罪を起こした元教員が処分歴を隠し、他の自治体で採用されて子どもに性暴力を繰り返した事例もあったのだ。

わいせつ教員は2度と教壇に立てない

しかし「わいせつ教員対策法」では、わいせつで免職になった教員の氏名や処分理由を国がデータベース化して(過去少なくとも40年の記録が残る)性犯罪歴を照会できるほか、免許授与権を持つ都道府県の教育委員会に裁量権を与えて、免許の再交付を「適当とみられる場合」に限定した。
この法律の実現に向けては「憲法で保障されている職業選択の自由に抵触する」との懸念の声もあった。しかし「子どもの安全と職業選択の自由のどちらが大切なのか」(浮島議員)と議員立法で法の成立にこぎつけたのだ。

わいせつ教員対策法は2022年4月に施行された
わいせつ教員対策法は2022年4月に施行された

また浮島議員は「小児性愛は病気であり治療が必要だ」という。

「小児性愛は国際的に精神疾患と認められています。小児性愛の元教員を子どもたちがいる場に戻すとどうなるのか。たとえばアルコール依存症の者がバーテンダーになることを考えてみてください。アルコールやギャンブルといった依存対象から依存症の患者を引き離すのが依存症治療の鉄則です。
小児性愛の傾向にある者を子どもに関する仕事に就けないようにして子どもたちから引き離すことは、子どもへの性暴力の加害者にならないようにするという意味で本人のためでもあると言えます」

報告書の提言はDBS制度とは別物

また報告書では迷惑行為防止条例などの条例違反や示談などによって不起訴処分となったもの、行政処分等については対象に加えることに慎重な姿勢だ。
つまり都道府県の条例違反などの性犯罪については対象にならない可能性もあるということだ。また「わいせつ教員対策法」で教壇に立てなくなった元教員も、「日本版DBS」では対象になるのか不明だ。

池田氏「報告書の提言はDBS制度とは似ても似つかない」
池田氏「報告書の提言はDBS制度とは似ても似つかない」

この状況について「わいせつ教員対策法」の成立のために浮島議員らとともに尽力した元文科副大臣で自民党衆議院議員の池田佳隆氏はこう語る。

「報告書が提言している性犯罪歴の検索制度は、DBS制度とは似ても似つかない別物です。
性犯罪は繰り返される蓋然性が高いことは国民の誰もが認めるところだと思いますが、このままでは、事実として過去に性犯罪を犯した者にも『性犯罪歴無し』と出てしまいます。
これでは子どもたちに危険が及ぶことは必至です」

学習塾はなぜ義務化ではなく認定制なのか

そしてもう一つの論点は対象事業・職種だ。

報告書では義務付けの対象事業者を、学校、認定こども園、保育所、児童養護施設、障害児入所施設などとしている。
一方で「わいせつ教員対策法」で付帯決議として仕組みの検討を行うとされていた認可外保育施設や学習塾、予備校、スイミングクラブ、お稽古事などは「認定制度」となっている。また個人が1人で行っている事業、たとえば個人のベビーシッターは「仕組みの対象とすることは困難である」とした。

報告書では学習塾は「認定制度」に
報告書では学習塾は「認定制度」に

これにも池田氏は異論を唱える。

「そもそも学習塾などがなぜ義務化ではなく認定制なのか。こども家庭庁は実質義務化というが子どもの最善の利益より事業者の営業の自由を優先しているとしか思えません。
またこの報告書では教育機関と並んで重要な小児科医などの医療機関への就業制限が一文字も触れられていません」

「日本版DBS」は誰のための法案なのか

浮島氏も「DBS制度に加わるかどうかを民間事業者の判断に委ねる認定制ではなく、食品衛生法のように子どもを対象にした業種について営業許可や届け出制のようなきめ細かい仕組みをこども家庭庁が一元的に創設するべきです。
そのうえでこども家庭庁が業界団体を組織して業界ルールを徹底することです」という。

こども家庭庁では「日本版DBS」の法案提出に前向きだ。しかし浮島氏は「そもそも何のための法案か、誰のための法案かの原点に立ち返るべきだ」と憤る。

日本版DBSは子どもを守れるのか
日本版DBSは子どもを守れるのか

「『わいせつ教員対策法』は立法府において大議論の末、『刑の消滅』を乗り越えることができた。それができていない『日本版DBS』に関する今の議論は、子どもを守るためのスタートラインにさえ立っていない。子どもたちを守るためには実効性ある『日本版DBS』が必要です」

イギリスでは性犯罪歴について、不起訴だったという情報や過去の職場からの通報記録なども照会が可能だ。また対象も子どもに関わるボランティアからバスの運転手まで幅広く設定されている。本気で子どもを守る気概があるのか、新大臣を迎えたこども家庭庁の本気度がこれから試される。

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。