1991年の湾岸戦争と2003年のイラク戦争で放射能兵器「劣化ウラン弾」が使われたイラク。それ以降、イラクでは白血病や先天性異常の子どもたちが増えている。広島で研修を受けたイラク人医師に現状を聞いた。
イラク人医師が広島で小児がん治療学ぶ
2023年8月、5年ぶりに広島を訪れたイラク人医師がいる。フサーム・サリッヒさん（53）。イラク南部のバスラで子どもたちのがん治療に当たっている。
イラクの小児科医 フサーム・サリッヒさん：
ここに来るといつも同じ感情がこみ上げてくる。犠牲となった人に思いをはせ、平和への思いを強くする。二度と同じ悲劇が繰り返されてはならない
フサームさんが初めて広島を訪れたのは2004年。市民団体「セイブ・ザ・イラクチルドレン広島」の招きで、イラクで急増する白血病の治療法を学ぶため、広島大学病院で半年間、研修を受けた。
フサーム・サリッヒさん（2004年）：
こんな最先端の病院で研修できて嬉しい。イラクにはこんなに設備の整った病院はありません。一生懸命、頑張りたい
1991年の湾岸戦争、そして2003年のイラク戦争で、アメリカ軍は放射能兵器・劣化ウラン弾を使用。劣化ウラン弾は鉄や鉛より密度が高く、戦車などの厚い装甲も貫く破壊力があるが、炸裂した際に飛び散る放射性物質が人体に悪影響を及ぼす可能性があると国連機関などが指摘している。2つの戦争以降、イラクでは小児がんや白血病、先天性異常の子どもが急増した。
今回の広島訪問でも最大の目的は最新の治療法の習得だ。日数は5日間ほどだったが、広島大学病院で研修し、最新の小児がん治療の情報を集めた。
フサーム・サリッヒさん：
5年間来ないうちに日本の医療や治療法は進歩している。取り入れられる治療や技術をイラクに戻って自分の患者の治療に役立てたい
20年たっても残る劣化ウラン弾の影響
研修の合間を縫って、フサームさんは広島市でイラクの現状を報告した。
フサーム・サリッヒさん：
私が勤務するバスラの小児病院で多いのは、血液に関するがんです
2004年以降、バスラでは年々、小児がんの患者が増加していて、2021年の新たな小児がん患者数は2004年の3倍近くも確認されている。
また、患者別では固形がん（血液がん以外の臓器や組織などで塊をつくるがん）と白血病が多く、それぞれ約4割を占めるという。
しかし、カテーテルなどの医療設備が不足しているため、広島での研修の成果が十分にいかせていないのが現状だと話す。
フサーム・サリッヒさん：
病院に入ってくる薬も怪しい薬が多い。パッケージだけ変えて、政府の不思議な認可を受けて病院に入ってきていて問題になっている
劣化ウラン弾をめぐっては、ロシアからの軍事侵攻を受けるウクライナにイギリス政府が供与する方針を明らかにしており、フサームさんの話を聞いた参加者からは影響を懸念する声が相次いだ。
参加者：
イラクでは子どもたちが20年以上たっても苦しんでるわけですから、劣化ウラン弾なんか絶対に使ってはならない
参加者：
核戦争に入るか入らないか寸前の状況になっているわけで、他人事じゃない
「ヒロシマから何も学んでいない」
フサームさんは今回の来日で改めて広島市の原爆資料館を見学した。原爆投下後のヒロシマの写真が母国・イラクと重なると言う。
フサーム・サリッヒさん：
バスラでは橋や家は再建されているが、いまだに電気が通らなかったり飲み水の衛生状況も悪い
原爆投下から78年たった今も、世界中に多くの核兵器が存在することに心を痛める。
フサーム・サリッヒさん：
今も多くの国が核兵器を保有して核実験を行ったり、戦争に使用しようとたくらんだりしていて本当に悲しい。ヒロシマから何も学んでいない
ロシアのウクライナ侵攻以降、核兵器をめぐる世界情勢が厳しさを増す今こそ、フサームさんはヒロシマが声を上げるべきだと訴える。
フサーム・サリッヒさん：
ヒロシマはもっと核兵器や戦争の恐ろしさ、その結末を世界に知らせるべきです。ヒロシマの悲劇が繰り返されることを誰も望んでいないはずだ
思わず目を覆いたくなるような、放射性物質が人体にもたらす影響…。ヒロシマは過去の出来事ではない。同じ苦しみを抱えるイラクの子どもたちが、今を生きている。
（テレビ新広島）
