耳が聞こえなくてもサッカーはできる。
聴覚障がいのあるサッカー選手がプレーする「デフサッカー」と「デフフットサル」。この2競技で女子日本代表であるのに加え、健常者の大学サッカーでもプレーする若き女子選手が福岡にいる。取材した。

耳が聞こえなくても大学サッカー部に

久住呂文華(くじゅうろ・あやか)さん(18)は、生まれた時から耳がほとんど聞こえない。
しかし、サッカーをやっていた父と兄の影響で、3歳からサッカーを始め地元の都内江戸川区のFCで健常者に混ざってサッカーをしてきた。デフサッカー女子日本代表監督を務めた父、そしてサッカー選手の兄も、ともに耳が聞こえない。

久住呂さんは日本経済大学の女子サッカー部でプレーしている
久住呂さんは日本経済大学の女子サッカー部でプレーしている
この記事の画像(7枚)

久住呂さんは、デフサッカーとデフフットサルで女子日本代表の選手である。都内で初めて会った久住呂さんは、身長172センチと長身で、日焼けした精悍な顔立ちが印象的だった。久住呂さんは2023年4月に福岡にある日本経済大学に進学し、創部2年目となる女子サッカー部に入部した。

「健常者とプレーするのは難しくないか」

筆者は「健常者と混ざってプレーするのは難しくないか」と久住呂さんに尋ねた。すると「子どものころからやっていますから」と答えが返ってきた。 

「確かにデフサッカーでは、プレー中もアイコンタクトやジェスチャーでコミュニケーションが取れますし、ハーフタイムなどでは手話でお互いの意思を確認できます。一方、健常者は声で話すので、プレー中はなかなか目を合わせてくれませんね」

健常の選手とコミュニケーションをどうとるかが大切だ
健常の選手とコミュニケーションをどうとるかが大切だ

コミュニケーションの難しさを克服するために久住呂さんは、練習中の動きを撮影してもらい、練習後チームメイトと動画を見ながら「この場面でどうしてこういうプレーをしたの?」など話し合う。こうすることで次の試合ではチームメイトの考えをより正確に読み取ることができる。

試合を俯瞰して見るイメージを持つことも

そして久住呂さんは大学サッカー部にいることのメリットをこう語る。

「デフサッカーのほうがコミュニケーションはとりやすいですが、大学のほうがサッカーのレベルが高いし、競技人口的にもデフサッカーより大学のほうが多い。だから健常者と混ざってサッカーを学びたいのです」

守備の要として周囲の動きに細心の注意を払う
守備の要として周囲の動きに細心の注意を払う

久住呂さんのポジションはCB(センターバック)。守備の要として、常に周囲の動きに細心の注意を払う。久住呂さんは聞こえない分を、「5~10秒に1回くらい首を左右に振って相手の動きを把握しています。小中学校の頃はできませんでしたが、いまは試合を俯瞰して見ているようなイメージを持つこともできます」という。

デフサッカーは2023年9月にマレーシアでワールドカップが開催され、久住呂さんは今回も代表として出場を目指す。そして来年は冬季デフリンピックがあり、ここでも久住呂さんはデフフットサルの日本代表として出場を目指している。久住呂さんは「ワールドカップ、デフリンピックともに世界一を目指します」と力強く語る。

デフリンピック観戦の楽しみとは

2019年、2022年のデフリンピックに手話通訳者として帯同した森本行雄さんに、デフリンピックについて聞いた。森本さんは手話通訳士歴30年以上のベテランで、久住呂家との親交も深い。

「デフリンピックは両耳が聞こえない(聴力レベル55dB以上)ろう者だけが参加でき、競技中は補聴器を付けられません。意外と知られていないのは、パラリンピックにはろう者の競技種目がありません。また実はデフリンピックはオリンピックに次いで歴史が長く、2025年の東京開催で101年目になります」

森本さんはデフリンピックに手話通訳士として帯同した
森本さんはデフリンピックに手話通訳士として帯同した

そして森本さんはデフリンピック観戦の楽しみをこう語る。

「デフリンピックは、聴覚に頼らず視覚で見てわかる工夫が随所にあります。サッカーの審判はホイッスルと同時に旗を振って知らせますし、陸上短距離や水泳のスタートでは、号砲が聞こえないので光で『位置について』『ヨーイ』『ドン』を伝えます。競技の運営もろう者自らが行っていて、障がい当事者が主体となって運営する競技大会です」

耳の聞こえない子どもも健常者と同じ学校に

最後に将来の夢について久住呂さんに聞いてみた。

「私の家族は皆耳が聞こえませんが、私をろう学校ではなく健常者の学校に通わせました。当時悩んだこともありましたが、いま私は話すことができ、健常者の学校に行ってよかったと思っています。だから将来私は健常者の学校に行きたいと思う子どもたちをサポートしたいと思います」

久住呂さんは幼少期、朝はろう学校に行きながら昼は保育園で皆と遊び、小学校では耳の聞こえない子どもに発音を教える「きこえの教室」がある学校に通った。

久住呂さん「耳の聞こえない子どもが健常者の学校に行くのをサポートしたい」
久住呂さん「耳の聞こえない子どもが健常者の学校に行くのをサポートしたい」

しかし、いま耳の聞こえない子どもには、ろう学校以外に通学する選択肢は少ない。久住呂さんはこう続ける。

「いまきこえの教室は東京で5,6校しかありません。だから耳の聞こえない子どもが健常者の学校に行きたいと言っても『聞こえないから』と断られることが多いのです。私の兄もそうして断られました。だから私は、自身の経験を活かして子どもたちに『諦めないで』と伝えたい。そのためにサポートする会社をつくりたいです」

久住呂さんは健常者と耳の聞こえない子どもたちがともに学ぶ場を目指す。これこそまさに「インクルーシブ教育」の姿だ。

久住呂さんが目指す学びの場はまさにインクルーシブだ(左は筆者)

(執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。